◆秘術-6-◆ 何かじめっとした空気が、身体に纏わりつく。 死の、臭いがする……? ふと、目を覚ました。 薄暗い石の天井が見えた。 背中にも、冷たい石の感触があった。 「……ここ、は……?」 ゆっくり、身体を起こしてみる。 身に覚えの無い、何かどす黒く重いローブを、身に纏っていた。 ……死の臭いは、このローブから……? 「起きたか」 仄かな蝋燭の灯りに、ピサロさんの妖艶な姿が浮かぶ。 「……ピサロさん? 一体……」 「取引をしよう」 私の言葉を遮って、ピサロさんが言う。 「お前の呪いを解いてやる。だから、お前は呪いの力を私に寄越せ」 「……? す、すみません。意味が……」 再び私の言葉を遮って、ピサロさんが何か光るものを取り出した。 あれは……。 「黄金の、腕輪……?」 「いや。今はただの黄金製の腕輪に過ぎん」 真新しい腕輪を、ピサロさんは私の左手に通す。 「黄金の腕輪の力の源を知っているか」 「い、いえ……」 禍々しさは感じない、でも何か嫌な気配を醸し出すその腕輪を、そっと撫でた。 「憎しみだ。人間の憎悪の感情が黄金の腕輪の力の源だ。だから触れた者に苦しみを与える」 ピサロさんが、そっと私の前髪をかき上げる。その顔を見上げると、どことなく、私が憎んでいた相手 ──ソロさんの姿を、思い出させた。 「つまり、だ。新しく黄金の腕輪を作り、腕輪の呪いを元ある処へ、この腕輪へと戻す、という訳だ。」 新しく、黄金の腕輪を、作る──? そんなことが、できるのだろうか。あの腕輪は、太古から受け継がれてきたものなのに。 「ここで取引だ。お前の呪いを解いてやる代わりに、お前の憎しみと呪いの力を籠めた腕輪を渡してもらおう。悪い条件では無いだろう? お前からは呪いの力も醜い憎しみの心も消えうせるのだからな」 確かに。取引、という割には、私に損が無さすぎる。そんな簡単なことで済むはずが無い。 「……待ってください。それは、取引にはなりません。そこまでしてピサロさんが欲しがる黄金の腕輪、それは一体何に使うおつもりなのですか」 ぐしゃぐしゃと私の髪を撫でていた手を離し、ピサロさんが一歩下がった。 嘗め回すように私の姿を、じろじろと見つめる。 「なるほど。流石に賢いな」 そう言うと、ピサロさんは声を上げて笑った。 そんな意外な姿に、私は呆然とピサロさんを見つめる。 「黄金の腕輪は、進化の秘法に必要なものだ」 ──進化の秘法。 幾度か耳にした、恐ろしい、私が知らないはずの言葉。 「たかが人間風情を相手にするのに、危険な進化の秘法を使うこともあるまい。もっと目障りで腹黒い奴が いる。私の手の届かんところにな」 そう言うと、ピサロさんはそっと、人差し指を上に向けた。 「天、だ。天空に住む醜い連中だ」 「……天?」 「お前も神官なら、聞いたことがあるだろう? 天空城の話を」 天空に浮かぶ城の話は、神官学校の時代に聞いた。 竜の神が住むと言われている美しい城──。 絵画に残る天使の姿は、天空に住む者の姿を模したもの、と──。 「……はい。でも、天空の民は、清らかで神聖なものと……」 私のその言葉に、ピサロさんが再び声を上げて笑う。 「やはり、人間は愚かだな。人間の目に清らかに映る姿をしているというだけで、神聖なもの扱いか。どうせ 化け物や魔物の姿は恐ろしいものとして、その手にかけてきたのだろう? 私は、そんな天空人の下僕の ような人間が気に食わん。人間どもの絶望と恐怖を糧にして、進化の秘法を完成させて天空へと攻め込んでやる」 ……返す言葉が、無い。 身の危険に晒されたのならともかく、私たちは自ら力をつけるため、強くなるためだけに意思の疎通ができない化け物たちを無意識のうちに下等なものとして殺してきた。 「……最初は、人間を憎まないでくれというロザリーに免じて、見逃してやろうとも思った。協力を申し出て説得すればあるいは……と。だが人間どもはそんな最後の希望の光すら、自らの手で消し去った。そして愚かな 人間どもは天空人に見下されていることにも気づかぬまま、竜の神の言いなりだ。人間と共に暮らしてきた 魔族を地下へと追いやった、本当の悪の根源……そんな奴の、な」 訳が、判らない。 話が、見えない。 一体、ピサロさんは、私に何を伝えようとしているんだ。 「小難しい話は終わりにしよう。取引、だ」 間近に見えるピサロさんの姿は妖しく美しく、確かに心を惑わせる。 この姿は素のままなのか、それとも人間を惑わすための仮の姿なのか──。 「私はお前を苦しみから救ってやる。その代わり、お前は人間と天空人の未来を渡せ。あの街だけは見逃してやる」 私の呪いと苦しみを黄金の腕輪に託して、ピサロさんに渡す。 それは、よく判らない進化の秘法に必要なもの。 ピサロさんは進化の秘法を以って、人間と天空人を恐怖に陥れる。 それで、いいのだろうか。 私は自分の幸せのためだけに、この世界中の人々を売り渡すような真似をして。 ロザリーさんが酷い仕打ちを受けながらも守ろうとした、人間たちの未来を……。 「あの街のワインは美味かった。消し去ってしまうには惜しすぎるしな」 この死の臭い。何だか、私自身から発せられているような気がする──。 |
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