◆秘術-4-◆

「クリフトさん。どうしたの?」
楽しいはずの食卓で、私はぼんやりとピサロさんのことを考えていた。
メイさんが、心配そうに私の顔を覗き込む。
「あ、いえ、別に。すみません……」
慌てて食事に手をつけようとすると、メイさんがふと寂しそうな表情を見せる。今度は、私がメイさんの顔を覗き込んだ。
「……メイさん?」
「……いつも、そう……」

──メイさんの瞳から、涙が零れていた。

「……」
何と言って良いのか判らず、ただ硬直するだけの私に、メイさんが濡れた瞳を向けた。
「……どうして、私には、何も打ち明けてくれないんですか……?」
「え……」



……それは、メイさんだけに限ったことじゃ、無いのかもしれない。
私は、今まで、誰かに悩みを打ち明けたことなんて、一度も無いような気がする。
だから、だから、いつもこうやって、何でもありません、そう言って自分の中に溜め込んで、自分ひとりで、解決したことにしてきたのかもしれない。
……あの暗く湿った狭い部屋で、ただひとり、ぼんやりと、流れに身を任せて……。



「……すみません。あの……私は……そんなつもりじゃ。……慣れて、いないんです、誰かに、心の内を打ち明けることが……」
「……ごめんなさい。私……クリフトさんの苦しみを、放っておけなくて……」
そうだ。それは、本当に信頼できる人に巡りあっていなかったから。
いい子でいなきゃいけない、そんな思いが邪魔をしていたから。
メイさんは、私の全てを信じて愛してくれる人じゃないか。
もう、心の茨は自らの手で取り去ったじゃないか。
過去を乗り越えて、メイさんを幸せにするためにも、私は少しずつ、前に進まなきゃいけないんだ。



「……敵だったはずの人が、私を、助けてくれる、と言っているのです……」
何から話して良いのかが判らず、頭に浮かんだ言葉をそのまま口にしてみる。何も事情を知らないメイさんに、どこまで伝わるのかは判らないけれど。
「……敵、ですか」
「はい。私が苦しい思いをしながらも、追っていた男です」

ソロさんにどれだけ苦しめられても、私が頑張ってきたのは、デスピサロを追ってサントハイムを取り戻すため。それなのに、その張本人が、私の呪いを解いてくれると言っている。きっと裏があるに違いないし、そんな
誘いに乗っていいのか判らない。でも、このままでは死ぬよりつらい地獄を味わう呪いが、いつか私のこの
幸せを奪ってしまう……。
私は一生懸命、メイさんに、このことを伝えた。

「……詳しい事情は、私、あまり判らないですけど……」
メイさんが、じっと、私の瞳を見つめる。力強く、真っ直ぐな瞳。
──それは、姫様を思い出させた……。
「クリフトさんは、いつも自分は後回しなんだと思います。誰かのために、何かのために、自分の思いや願いはいつも後回し。そうじゃないですか?」
「……」
「たまには、いいじゃないですか。自分を大切にしてあげたって。誰よりも、何よりも、自分ひとりの希望を
叶えたって。それから、どうなるかは判らないけど、今、クリフトさんが幸せになりたいと思っているなら……
誰か から見てそれが悪の道でも、信じて、縋るしかないと思うの……」

その言葉に、ふと、私の心をほんの少しかき乱した、あの方の言葉が蘇る。



『あなたが正しいと思う道を進んでください。それがたとえ誰かから見て悪や邪の道であろうと、どんなに
罵られようと、それが正しいと自信を持って言える道を進んでください』



正しいと思う道。
私はその道を放り投げて、見捨てて、自ら背を向けた。
守るべき人も、取り戻すべき故郷も、目指す敵も、全て、全て……。
私は、メイさんがおっしゃるような、できた心の持ち主なんかじゃない。
確かに、自分より他人を優先してきた。でもそれは全て、認められたいという醜い思いからの行動。
皆、それぞれに苦しい思いを抱えているはずなのに、私ひとりだけが逃げ出した。
それも……ただ、この想いが通じなかったから、そんな身勝手な理由で。
そんな自分に、今さらどんな奇麗事を言ったって、無意味じゃないか。

自分以外の誰かが苦しんだって、そんなの知らない。
自分が幸せになればいい。
自分が心の奥底で一番憎んで、一番愛しい存在……母親と、同じことをしているんだ、私は。



「……」
言葉が、出ない。
それでも、後戻りはできない。
ピサロさんは言った。私が腕輪を渡さなければこの街を焼き払う、と。
きっと、その言葉に偽りは無い。私だけは腕輪の呪いのために生き残り、あのとき見せられた光景のように
街は焼き払われる。ホフマンさんも、そしてメイさんも、この街の人々は皆殺される。
……いくら抗ったところで、死ぬよりつらい地獄を、味わうことになるんだ。

それなら、従うしか、無い。
きっと悪の手に何かが渡ることになっても、私は、私の幸せを捨てたくない。
私の幸せは、私ひとりで築けるものでは無いんだ。
この街の人々と、メイさんと、一緒に築き上げていくものだから……。

姫様や、ソロさんたちが追っている、悪の影。
その影に救いを求めて、私は、幸せになる。
そうだ。それで、いいじゃないか。何が悪で、何が正義かなんて、そんなの確実なものじゃない。
ピサロさんから見れば、ソロさんたちは悪なんだ。
ソロさんたちから見て、ピサロさんが悪であるように……。



──誰が決めたんだ?
ピサロさんが、悪である、と……。



「……行きます」
ぐっと拳を握り締めて、私は真っ直ぐメイさんの顔を見つめる。
強張っていたその顔が、ふっ、と、和らいだ。
「はい。気をつけて」



外はもう暗い。
満天の星空の元、私はピサロさんの元へ向かった。

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