◆秘術-3-◆

「……腕輪、ですか……」
私は小さな声で、ピサロさんの問いに答える。そんな私の雰囲気を察したのか、ピサロさんがふと宿の主人に目を向けた。
「……ここでは、人目が気になるか。判った。こっちへ来い」
砂漠の街には似つかわしくない、どっしりとした重厚なマントを翻して、ピサロさんは今来た道を引き返す。
一瞬戸惑ったものの、私は慌てて後を追った。



「さて」
案内された部屋は、ごく普通の、どこにでもある街の宿の部屋そのものだ。
ひとつしかないソファに、ピサロさんは少し乱暴に腰を下ろし、足を組んだ。
「黄金の腕輪を渡してもらおうか」
にやり、と、恐ろしい微笑みを浮かべて、ピサロさんが私を見つめる。紅い瞳が、妖しく光った。
「抵抗しようなどと、馬鹿なことは考えないほうが良い。お前が渡さないというのなら、お前を殺してこの街を
焼き払い、ゆっくりと探すだけだ。そう……」



──……?
何か、今……一瞬、不思議な光景が見えた。
焼き払われた街、あちこちに散らばる死体。
一匹の魔物が掴み上げる、ひとりの動かない人間……。
その姿は……。

──ソロ、さん……?



「あのときのように、な」
嬉しそうな恐ろしいその声に、ふと我に返る。
「い、今のは……」
「見えたか。そうだ、私に仇なす者を匿い抵抗した街の成れの果てだ……まあ……上手く騙されたがな」
少し自嘲気味に、ピサロさんが目を伏せる。紅い瞳の呪縛から解き放たれて、ほっとため息が漏れた。
「どうだ? この街ひとつ消し去ることくらい容易いことだ。そのくらいのことは、お前なら判るだろう?」

頬杖をつき私を見上げるピサロさんの表情は、優しくも恐ろしいものだった。
渡せ、と言われても、私は黄金の腕輪など持ってはいない。それを言ったところで、信じて貰えるのだろうか。
それでも、正直に、言うしかないけれど……。



「あの……私は……黄金の腕輪は、持っていないのです」
おどおどと切り出した私の言葉に、ピサロさんの表情から笑顔が消えた。
「ま、待ってください。あの、これから私が申し上げることは、全て真実です。あなたに抵抗しても無駄なことは……判っています」
立ち上がりかけたピサロさんが、再び、ソファに沈む。少しの苛立ちが見えた。
「確かに、私は一度、黄金の腕輪を手にしました。あれは、触れた者に呪いをかけます。前にお会いしたとき
……申し上げましたよね……? 私には、死ぬよりつらい地獄を味わう呪いがかかっていると」
ピサロさんは興味深そうに私の話に耳を傾ける。信じて、いただけるだろうか、こんな話を。
「……そういえば……」
「そうです。私を殺すことはできない、と申し上げた、あの呪いです。そしてやはり、あなたは私を殺せなかった……。あれからずっと、私はこの呪いに苦しめられています」



メイさんを救うために手にした黄金の腕輪。
まさか、メイさんと幸せに暮らすこの街で、再びこの言葉に出会うとは思いもしなかった。



「……なるほどな。この腕輪の気配は、お前にかかっている呪いの気配だったのか……」
ピサロさんが少し悔しそうな表情を見せた。ピサロさんでも、こんな表情をするとは、意外だった。
「一つ、聞きたい。腕輪を手に入れてから、どうした」
「……カメレオンマンという魔物に渡しました」
「……なんだと……?」

勢いよく、ピサロさんが立ち上がる。その表情は恐ろしく、そして焦りが見える。
「馬鹿な。エビル……」
ふと何かを言いかけて、私の姿を見て止めた。焦りを隠そうとしてか、くるりと背を向け、窓に手をかける。
外から、きゃあ、という甲高い声が小さく聞こえた。



「……もしかしたら……」
しばらく続いた沈黙を破ったのは、ピサロさんの小さな声だった。
「……そうだ。あの秘術なら……」
呟いた声はよく聞こえなかったけれど、何かを思いついたのか、笑い声が聞こえた。

「神官。お前の呪いを解いてやることができるかもしれん。少し調べてこよう。夜、酒場でまた会おう」
「え……?」
訳が判らない。一体何を、と聞こうとしたものの、ピサロさんはばたばたと乱暴な足音を立てて部屋を去って
いった。



「……?」
呪いを、解く?
この私の呪いを? 何のために? どうして?
私の呪いを解いたところで、ピサロさんに何の得があるんだろうか?

何が悪で、何が正義なのか、あの悩みが再び私を襲う。
ピサロさんは、私のために……?
いや、まさか。何か考えがあってのことに違いない。
でも、でも……。
私を苦しめたのは、紛れもない、伝説の勇者さまだ。
私を救ってくれるのは、世界を破滅へと導く、ピサロさんなのだろうか……?



終わるのは、私の幸せな生活ではなく、死ぬよりつらい地獄を味わう呪い……?

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