◆秘術-2-◆

ふと目線を宿へ向けると、数人の若い女性が少し遠巻きに集まっていた。
どの表情も、嬉しそうで楽しそうで、時折二階の窓を指さす。
……そこには、確かに動く、影。

生臭い空気が、私を包む──。

意を決して、私は宿の扉を開ける。
私を苦しめる呪い。私の幸せを奪う呪い。きっとあの影は私の幸せを奪いに来たんだ。



「やあクリフトさん、どうしました?」
宿の主人はカウンター越しに、にこにことした笑顔で問いかける。まだ真新しい宿。優しい木の香りが
鼻をくすぐる。
「あ、あの……ここに……」

そう言いかけた、刹那。
生臭い空気が、ぎゅっと私の心を握り締める。
──苦しい。息が、できない……。

この感覚。そうだ、どこかで……。

階段を下りてくる足音。どこかで、聞き覚えのある足音……。
「……!」
顔を上げると、そこに居たのは──。



「あ、ピサロさん。お出かけになりますか?」
「……」



宿の主人は、その見覚えのある男を、ピサロ、と呼んだ。
……不思議と、その名に、恐怖は感じなかった……。
でも、身体の震えは止まらない……。

酷く綺麗な男……そうだ。その姿は、私の中に、もうひとり。
長く美しい銀髪、妖艶な容姿。



……デスピサロ……。



「……お前は……」
私に気づいたデスピサロは、ゆっくりと歩み寄ってくる。
初めてデスピサロに出会ったときのことを思い出す。
あのときも、宿の中だった──。

……しかし、違った。
あのとき、デスピサロは私を殺そうとした──。
でも、今は……優しく寂しげな微笑みを浮かべ、私の頬に手を添える。

──ひんやりとした、冷たい、手──。



「……あのときの、神官か……」
「……」

何だろう、この感覚は。
あのときのような恐怖は感じない。それは呼ばれている名のためなのだろうか。
デスピサロ、という名前、それは私の口から発せられるたびに、恐怖を呼び起こした。
それならば……。

「ピサロ、さん……?」

宿の主人が呼んだように、私もその名を口にする。名前、それはその存在を表す言霊。

「……お前も覚えていてくれたか。光栄だな」
「……そうですね。忘れたくても、忘れられませんよ……」

ピサロさんはそっと、長い爪で私の頬を何度も軽く引っ掻く。
そのたびに感じる軽い痛みは、恐ろしいはずなのに何故か心地よさを感じる──。

「お前なら……話が早い」
生温かい息と囁く言葉が、私の耳をくすぐる。過去の恐怖の記憶が、完全に治癒したはずの私の左肩へ鈍い痛みを走らせた。



「渡してもらおうか。黄金の腕輪を」



……え──?



ぽかんと間抜けに口を開けたまま、ぼんやりと立ち尽くす私を見て、ピサロさんは小さな笑い声を立てた。
「誤魔化さなくとも良い。私は腕輪の力を追ってここまで来た。持っているのだろう? 黄金の腕輪を」



やっぱり……そうだ。
私を苦しめる腕輪の呪い。
それは、未だ私を苦しめる……。

私に……幸せなんて、訪れないんだ……。

きっと迎えるであろう私の幸せの終焉を思って、ぎゅっと唇を噛んだ。

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