◆愛を教えてくれた人-2-◆ 突然立ち上がったものの、走り続けた足ががくがくと震えて、再びその場にへたりこんだ。 「ホフマンさん。すみません、クリフトさんと二人で話をさせてください」 メイさんは、私を助けてくれた青年の名を呼ぶ。 ホフマン、と呼ばれたその青年は、私の身体を起こして、腕を肩に回した。 「歩けますか」 「……はい……」 肩を借りながら、私はゆっくりと歩き出した。 メイさんが心配そうに、私の顔を覗き込む。 小さな泉の脇にある一軒の家。何かのお店のようだ。メイさんはその家の扉を開けて、私とホフマンさんを招き入れる。 私の身体をベッドへ座らせると、ホフマンさんは会釈してこの場を去った。 「……」 「……」 お互い、そっと様子を伺うかのように、その姿をちらちらと見る。 ふと目が合うと気まずそうに視線を逸らし、沈黙は続く。 「あの……」 意を決して、先に声を発したのは、メイさんだった。 「……つらいことが、あったんですね……?」 「……」 何と答えていいのか、判らない。姫様にそっくりのその声と姿に、どう接していいのかが判らない……。 「……いいんです。無理に話してくれなくても。ただ……」 メイさんが、泥と血に塗れた汚らしい私の手を、そっと握る。もう片方の掌で、同じように汚らしい私の頬をそっと撫でた。 「あのとき、クリフトさんは私を助けてくださいました。今度は、私が、クリフトさんを助けてあげたい。私に、何かできることは、ありませんか」 これほどまでに私のことを心配してくださっているメイさんに対し、私の心の中には小さな小さな醜い想いが 生まれる。 この声が、この姿が、姫様ご本人だったなら。私はどれだけ、幸せだっただろうか……。 そんな、失礼極まりない感情。メイさんの心を、気持ちを踏みにじる感情。あまりに身勝手な感情。 ……自分自身の存在が、嫌になってくる。どうして、こんな醜い心を育んでしまったのだろう。 「……」 何かを言いたくても、何を言っていいのか判らない。 俯いたまま、私の汚らしい手を握る美しい手を見つめた。 「クリフトさん」 透き通る、美しい声。その声で名を呼ばれるたびに、茨を毟り取った心の傷が痛む。 「……あなたは、何も悪くないわ」 「……え……?」 思いがけない言葉。ふとメイさんの顔を見つめる。 「……でも……私は……」 自分勝手な想いだけで、ソロさんを憎んでしまった。 思い通りにならない姫様のお気持ちに、傷つける言動をとってしまった。 ソロさんに裁きの呪文を唱えてしまった。姫様やブライ様のご命令に背いてしまった。私のことを心配して くださったマーニャさんやミネアさんに酷いことをしてしまった。ライアンさんの教えを無駄にしてしまった。 家族を愛するトルネコさんに対して……。 次から次に、私の酷い言動の数々が浮かんでくる。 メイさんは、そんなことは何も知らない。 どうして、私が悪くないなどと、言えるのだろうか……。 そんなのって……。 そうだ……そんなのって、ただ今の私を慰めるだけの言葉じゃないか……。 思わず、メイさんの手を振り払って立ち上がる。 「……何も……何も、知らないくせに……そんなこと……!」 掠れる声をしぼり出して、私は叫ぶ。 その声を遮るかのように、ぎゅっと、温かい存在が私の身体を包んだ。 「悪くないわ、クリフトさんは何も悪くないの。だって、頑張ったんでしょう。必死だったんでしょう。それが通じなかっただけなんでしょう。もう、もういいの、もう頑張らないで。頑張らなくていいの。誰が何を言ったって、クリフトさんが何をしたって、私は信じてる。私はあなたの味方だから。だって、だって……」 潤んだ瞳で、メイさんが私を見つめる。 真剣な、穢れの無い澄んだ瞳……。 「クリフトさん。私、あなたを愛してる」 ──え……? 思いがけない言葉に、思わず身体中の力が抜ける。 メイさんに抱きしめられたまま、私の身体はベッドへと倒れこんだ。 「あのときから、私、ずっとあなたのことを想ってた。でも、あなたの心が他の人に向いているのは判ってたわ。だから、私が願っていたことは、あなたが不幸になることと一緒。だから、だから、判るわ。クリフトさんが必死に頑張ったことは、悪くなんてないわ。だからもう……」 その瞳から零れた温かい雫が、私の頬に落ちる。 その雫に、すうっ、と、心が溶かされていくのを感じた──。 「頑張らないで……」 いま、私を抱きしめてくれる存在は、私を、私だけを想ってくれる温もり。 酷い言動を繰り返してきた私に理由も聞かず、全てを受け入れて許してくれる温もり。 ずっと欲してた言葉を、心から与えてくれる温もり……。 「……メイ……さん……っ」 見捨てないで。 置き去りにしないで。 ──私は、子供のように泣き声をあげて、心に溜まっていた思いを吐き出した。 メイさんは何も言わず、時折頷いて私の言葉を聞いてくれた。 私を愛してくれるその存在を離したくなくて、ぎゅっと力強く抱きしめた。 私を、愛してくれる人。 その想いに、私は、応えることができるだろうか──? |
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