◆愛を教えてくれた人-1-◆

どのくらい、走り続けただろう。
ここは、どこだろう。

「水……」
喉がからからに渇いて、焼けるような痛みを感じる。
一歩一歩踏み出す足に、砂が纏わりつく。
「水を……」
苦しい。でもきっと、私はこんなことでは死ねない。
腕輪の呪いから、こんなことで解放されるとは思えない。

どさり、と音を立てて、私の身体が地面に倒れる。
さらさらとした砂が、その衝撃で少し舞い上がる。
「みず……」
その地面からは、一滴の水分すらも感じない。
死ぬことすらできない身体を、必死に起こした。

「……?」
霞む目に、何かの影が映る。……木?
木が、生えているということは……水が、ある……。

走り続けて悲鳴をあげている足を、ゆっくり、ゆっくり、踏み出した。



「……あ……」
その木々の元には、小さな街があった。
人の姿に急に安心感を覚えて、私はその場に膝をつく。
ぼろぼろな姿の私を見て、何人かが駆け寄ってくる。

「ど、どうしました、しっかり……」
「水……水を……」
目が霞んでよく見えなかったが、私と同じ年頃の青年が私の身体を抱え込んだ。
そのまま日陰へと運ばれる。
がたいのいい男が、水の入った瓶を私に差し出した。

その瓶を奪い取るように受け取ると、必死で水を飲む。
からからに乾いてしまった喉に、身体に、ゆっくりと染み渡っていく──。



「……はあ……っ……はあっ……」
半分ほど飲んだところで、荒い息が漏れて、意識がぼんやりと遠くなるのを感じる。
何だろう、とても気持ちがいい。
あんなに重かった身体が、ふんわりとした羽根のように軽く感じて──。

ぱん、という音がした。
そのすぐ後に、じんわりと頬が痛む。
「ダメです! 目を閉じないで! 起きて、起きてください! しっかり!」
先ほどの青年の声だ。
かろうじて繋がれた意識は、未だはっきりとはせずにぼんやりと漂う。
「……」
瞼が、重い。目を開けて、という青年の声が、だんだんと遠くに響く──。



「──っ! げほっ……げほ……」
急激な息苦しさと異物感に、漂っていた意識がしっかりと引き戻された。
鼻の奥までツンとする痛みに噎せこんで、少し涙が出た。
「ああ、よかった。……ちょっと強引だったかなあ」
青年の手には、私が先ほど飲んだ、水が入った瓶があった。
……どうやら、残りを無理矢理私に飲ませたのだろう……。

「たまにいるんですよ、水を飲ませたらそのまま逝っちゃう人が。安心するんでしょうね……」

ようやく咳がおさまって、ゆっくり辺りを見回してみる。
さっきまで砂地だったはずなのに、ここはしっかりとした土だ。
大きな家や店はほとんど無く、広い場所にぽつぽつと小さな家が建っていた。

「あの……ここは……」
荒い息を飲み込んで、私は青年に尋ねる。くりくりとした目が人懐こく、不思議な安心感を与えてくれた。
「ええと、まだ名前は無いんです。新しい街を作っていこうと思って……」
そこまで言うと、青年は私の顔をじっと覗き込んだ。
「……あれ? どこかで……お会いしましたっけ?」
「……え?」

少し、考えてみる。そういえば、どこかで見かけたような気もする。でも、思い出せない……言葉を交わした
ことはなさそうだけれど……。
「あ、ごめんなさい。この街では、過去は詮索しちゃいけないことになってるんです」
「そ、そうなんですか……」
それは、私にはありがたいことだった。
どこから来たのか、どうしてここに……そんなことを訊ねられたくは無かったから……。
騒ぎを聞きつけて、人々が集まってくる。



「──クリフトさん!?」
悲しくも聞き覚えがある愛しい声に、思わず立ち上がる。
この、この声……姫様の御声……?
いや、まさか……?
その声の方向へ、ゆっくりと顔を向けてみる……。

亜麻色の美しい巻き髪、緋色の瞳、透き通るような白い肌。
その御姿は紛れも無く、逃げてきた私の主君そのもので──。

いや……違う……そうだ……この方は。



「……メイ……さん……?」



偽りの、姫──……。

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