◆茨-3-◆ どうして……? どうして……? 色々な思いがぐるぐると頭の中を巡り、吐き気がする。 「クリフト、下がれ。これは姫様のご命令だ」 後方から、ブライ様の厳しい声がした。それでも私は、振り向くこともできない。 「もし、姫様のご命令に背くのであれば、謀反者として扱う。今すぐに、この旅を終わらせ、姫様の御傍を 離れろ」 姫様のご命令に従えば、私は闘いに赴くことはできない。 でも、ご命令に背けば、私は闘いに赴くことはできない。 どうして、どうして……。 「私は……ただ……」 「黙りなさい」 零れそうになる涙を、必死に堪える。 『クリフトは、あたしだけのクリフトだと思ってたから……』 姫様の、そんな言葉が蘇ってくる。 あのときまで、確かに、姫様は私のことを気にかけてくださっていたのに……。 私が病に倒れ、寝込んでいる間に出会ってしまった、姫様とソロさん。 私には見えない確かな絆が、お二人の間にしっかりと結ばれているのだろうか……。 ずっと長く、御傍に仕えてきた私とは築けなかった絆を……。 寝転がりながらいつもぼんやりと眺めていた、窓の外の空。 あの小さな窓を破って、飛び出した先は。 痛みを堪えて、茨の鳥籠から飛び出した先は。 ──美しく、素晴らしい、希望と光に満ち溢れた世界。 そんなふうに、思っていたのに。私をこんな世界に閉じ込めたのは、母のせいだと思っていたのに。 ……何一つ、変わりはしない。ただ闇がずっと続く世界……。 「……姫様。ひとつだけ、お聞かせ願えますか」 拳を握り締めて、私は、声を絞り出す。姫様は私の言葉を遮らなかった。 「……私は……不要、ですか……」 それは、絶対に確かめたく無かったこと。 何より恐れていた、必要とされないということ。 姫様は一瞬目を閉じて俯くと、力強い視線を私に向けた。 「この闘いに於いて……」 本当は、判っていた。 それでも、確かめることが怖かった。 「クリフト」 母は私を捨てた。それは他でも無い、私が不要だから。 あの心細さ、身に凍みる寒さ、それは今でもほんの少しも癒えることは無い。 「あなたは」 誰かに、必要とされていたかった。 私が、私だけが、必要なのだと……。 「要らない」 ──……。 何だろう。 本当は、泣き叫びたい程に辛い言葉なのに。 身体中が、心が、何か、ふっ、と、軽くなったような気がした……。 「……判りました……」 握り締めた拳を緩めて、私は呟く。 全身の力が抜けて、自らの身体の重みに耐え切れず、倒れそうになる。 「……行くぞ」 ソロさんが低い声で、皆を引き連れて城へ向かう。 ライアンさんとトルネコさん、ブライ様が少し遅れてソロさんの後に続く。 「クリフト。行くぞ。何も先に立つばかりが闘いではあるまい。闘いが長引けばお前の力が必要になる場面が あるはずだ」 ブライ様がそう言って、私の右腕を掴んだ。思わず、私はその手を乱暴に振り払う。 ……ブライ様が、その場に倒れこんだ。 本来なら、こんな無礼な振舞い、許されるものでは無いのに……。 トルネコさんが少し険しい顔で一歩前へ出たところを、ライアンさんが制する。 「……クリフト君。落ち着いたら、来なさい。今すぐで無くて構わない。信じて、待っている」 「……」 そう言うと、ライアンさんがブライ様を助け起こし、時折振り向きながら、城へと向かって行った。 残されたのは、私、独り。 「……あはは……」 何だろう。笑いがこみ上げてくる。 そうだ……こんな滑稽な出来事、可笑しくて堪らない。 馬鹿だな。自分が一番大切にしてきたものは、こんなにも脆く儚く崩れてしまったんだ。 いや……大切だと思っていたもの、信じてきたものは、本当はどうでもいいものだったんだ。 そんなものに固執して、ひとりで一生懸命守ってきたんだ。 ……笑うしか、ないじゃないか。 ああ、可笑しい……。 |
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