◆茨-2-◆

私の声に、皆が一斉に視線を向けた。姫様おひとりを除いて……。
その中でも、ソロさんが私に向けたものは、鋭く力強いものだった……。

「……何……?」
厳しい顔で、ソロさんが歩み寄る。私は、決して、引かない。
「代わってください。この闘いには、貴方は必要無いはずです」

──ソロさんは乱暴に、私の胸倉を掴む。
同時に、怒声が、私の耳を劈く。
「馬鹿言ってるんじゃねえよ! お前が、俺の代わり? そんなのできるわけねえだろ! 俺に全く敵いもしなかったくせに……!」
「代わってください!」

ソロさんの怒声を遮って、私は大きな声を出す。
もう、私の心を縛るものは何も無い。言いなりになんてならない。私には私の意思が、そして意志が、在る。
「貴方は、この闘いに何の遺恨も無いはずです。姫様やミネアさん、マーニャさんが行くのであれば、一緒に行くべきは貴方では無く、この私です。私はサントハイムを取り戻すために、全てを投げ出す覚悟があります。貴方には、それがありますか」

ソロさんがゆっくりと、私の胸から手を離す。
ふと、ミネアさんが何かを言いたそうな表情を見せたところで、マーニャさんがその動きを制した。
……多分、ミネアさんが、私と代わる、と申し出ようとしたのだろう。

「確かにな……俺はこの闘い自体には、何の遺恨もねえよ。だけどな、全てを投げ出す覚悟を持ったヤツなんて、連れていけねえんだよ……」
初めてソロさんと出会ったときに見た、強い意志を秘めた表情。ここに残れ、と冷たい言葉を投げかけてきた、あのときの憎らしい表情……。



思い出す。そうだ、あのときから全てが狂い始めた。
私は、貴方を、勇者となど認めたことは無い。



「俺たちは勝つために行くんだ。全てを投げ出す覚悟? そんな、最初から負けるときのことを考えてるヤツなんて必要ねえ。お前こそ、めんどくせえ自己満足のために、アリーナたちの思いを利用するんじゃねえよ!」
「……代わってください……」



私はただ、代わってください、その言葉を繰り返す。
他の皆様はじっと、まるで人が変わったかのような私を見つめていた。

そのうち、ソロさんの反論も言葉が尽きる。



「……言いたいことは、それだけですか。代わってください」
「……っ……!」



母が私に植えつけた、小さな言の葉。
そんなものがいつまでも私の心を縛り付けていたんだ。
ああ、馬鹿馬鹿しくて、情けない。



「……クリフト……」

今まで、ずっと俯いて黙っていた姫様が、小さな声で私の名を呼んだ。
身体の隅々にまで、その愛しい声が染み渡る。自分勝手な想いの暴走の果てに、私は姫様を憎んで
しまった。
でも、こうして、姫様のお声を聞けば──ああ、やっぱり、私は姫様を愛しているんだ……。
感じたことは無いけれど、きっと、これが、人を愛するということなんだろう。

そうだ。姫様なら、判ってくださる。
私が、どれだけ、サントハイムのことを大切に思っているのか。
一緒に行こうと、にっこりと笑って、手を差し伸べてくださる。



「……下がりなさい……」



──え……?
今、何て……?



「聞こえませんでしたか。クリフト、下がりなさい」
「え……ひ、姫様……?」
「……下がりなさい……」
「姫さ……」
「下がりなさい!」



何だ。姫様は、何をおっしゃっているんだ。
訳が判らない。だって、だって、私は姫様のことを、サントハイムのことを、誰より大切に想って、何より大切に思って、長い間私の心を縛り付けていた茨を、痛みを堪えて自らの手で取り去ったんだ。
ブライ様がおっしゃっていたように、私は過去を乗り越えたんだ。
その先にあるものは、希望のはずではなかったのか──。



「君主の命令が、聞けませんか」
「……」



え……?
え……?
どうして、何で……?
だって、姫様、私は貴女を守るために旅に出て、サントハイムを守るために闘って……。
それの、何が、いけないのですか……?



「クリフト。あなたじゃ、勝てない。この闘いは遺恨のためなどではありません。本当にサントハイムを取り戻したいと思っているのなら……」

嫌だ。聞きたくない。そんな姫様のお言葉は、聞きたくない。
思わず耳を塞ぎそうになる。それなのに、腕が震えて動かない。
指先がピリピリと痛む。傷だらけの剥き出しの心が痛む。

「……下がりなさい。あなたは、ソロの代わりにはならない」

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