◆裁きの呪文-4-◆

「みんなごめん。少し、外して」
マーニャさんが私の身体を抱きしめながら、力強い声で言う。
ブライ様が皆を促して、そっと部屋を後にした。



ただ、じっと、マーニャさんは何も言わず、私の身体を抱きしめながら、背中をぽんぽんと軽く叩き続けた。
──ふとその腕を見ると、私が投げつけた何かに当たったのか、鋭く切れた傷口から血が滲んでいた。

「……マーニャさん……腕……」
「ん? いいよ、このくらい。すぐに治るから」

マーニャさんは、何も聞かない。
どうして、私がこんな愚行に及んでしまったのかも……。
「……聞かないのですか……?」
「何を?」
「私が……どうしてこんな……」
「ん……話したくなったら、話してくれればいいし」

背中を叩いていたその手で、優しく髪を撫でられる。
ミネアさんにも……こんなこと、されたっけな……。



「アタシさ……父さんの仇、討つって言ってたじゃない……?」
「……はい」
「本当の父さんじゃ、無いのよ」

私を抱きしめるその腕に、一瞬、ぴくりと力が籠められた。

「アタシとミネアは、子どものころにはした金で売りとばされてね。見る目の無い人買いだったんだろうなー、
アタシらにあんな値段をつけるなんてさ……」
「……」

ふと、自らの忌まわしい過去が蘇る。
未だ身体に染み付く、あの寒さが……。

「ミネアは病弱でね、アタシ、誓ったのよ。ミネアはアタシが守るって。そう思って……好きでもない男に抱かれたり、よく判らない連中のオモチャになったりもしたわ。それでも、耐えた。ミネアのために……」

……ミネアさんが、あのような穢れの無い笑顔でいられることは、マーニャさんの犠牲があったから……?
それなのに、どうして、マーニャさんはこれほどまでに楽しそうに生きているのだろうか……。

「そんなときに出会ったのが、踊りだったの。ヒマさえあれば街へ出て、道端で踊ったわ。みーんな、アタシの踊りに足を止めてくれた。アタシの踊りは、魂の叫びだから……。気持ちよかったわ……嬉しかった。アタシはアタシの全てを、踊りにぶつけた」

踊り。私には、判らない世界。
マーニャさんの踊りは、ただの淫猥な、女の色気を見せ付けるだけのものだと思っていた。

「アタシの踊りを一番に認めてくれたのが、父さんよ。アタシの叫びを判ってくれた。どれだけお金を積んだ
のかは判らないけど、アタシとミネアを引き取ってくれたのよ」
「……でも……それって……」
「うん……まあ、また売り飛ばされたってことなんだけどね」

マーニャさんが少し、私から身体を離した。
肩に手を置いて、優しく強い微笑で私をしっかりと見つめる。



「でもね、手段なんかどーでもいいのよ。父さんはアタシたちを助けてくれた」



……そうなんだろうか。
結局は、人身売買。
そんなこと、許されて、いいのだろうか……?



「そんなことより……どうして、私に、そんな話を……?」
デスピサロのことを思い出す。
私たちには私たちの正義があって、デスピサロにはデスピサロの正義がある。
立場が違うだけで、お互いがお互いを悪と認め、憎み殺しあう。
まだ、それが理解も納得も出来ていない私の心に、マーニャさんの生い立ちが重く圧し掛かる。
「ああ……あのね、アタシもアンタと同じことをしたことがあるの」
「え……?」

思わず、荒れた部屋を見渡す。枕や花瓶、着替えなどが散乱する部屋を……。

「父さんに引き取られて、少ししてからかな。父さんも病弱なミネアにかかりっきりで、アタシのことなんて
構ってもくれない。アタシって何なの? ミネアがいればそれでいいの? アタシはミネアのために人生無駄にするの? なーんて思っちゃってさ。部屋に閉じこもって出て行かなくなったのよ」

ぽたり、ぽたりと、マーニャさんの腕から、シーツの上に血が垂れる。
話は頭に入っているのか、よく判らない……。

「父さんが扉蹴破って、あとはアンタとおんなじ。そこらじゅうの物を父さんに投げつけて暴言吐いて……
でもね、父さんは怒らずに、アタシのことをずーっと、こうやって抱きしめてくれてたの」
再び、マーニャさんが私の髪を撫でる。
「嬉しかったなぁ。ああ、アタシも生きてていいんだ、って思って。アタシも父さんの子になっていいんだって
思って」
「……」



何だろう。
この、違和感は……。
確かに暖かい存在なのに、酷くそれが遠く感じる……。
思わず、私はマーニャさんの身体を、ぐいと力強くつき離す。

「……クリフト……?」
「……」

そうだ。違う。
こんなの、違う。違う。違うんだ。



「……嬉しい、ですか……?」
「……え?」
「自分より惨めな、不幸な、馬鹿な人間を慰めて、優越感に浸って、嬉しいですか」
「何……」

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