◆裁きの呪文-3-◆ 窓の外からは、船乗りたちの賑やかな声が聞こえてくる。 月明かりは優しく、私の部屋を照らしてくれた。 眠れない。 私の身体中に残るのはあの快感の欠片。 未だゾクゾクと身体が震える。 身体に溢れる、零れそうなほどの力。 思わず、掌を見つめる。 「……ふふ……」 どくん、どくん、と、心臓が力強く生命を刻む。 確かに、私は、生きてる。 「……あはは……」 何だろう。 これほどまでに強い力を、望んでいた力を手に入れたのに。 そのために、笑みすら零れるというのに。 ──どうしようもない孤独感に苛まれて、涙が零れる。 「……はは……」 誰か、この力を、褒めてくれましたか……? 誰か、私を、認めてくださいましたか……? 誰か……。 ソロさんを守るように立ちはだかる姫様の姿。 判ってる。判ってるのに。勇者さまは大切な存在なのだと。 何の意味も無く、誰からも求められずただ無駄に生命を紡ぐ私などとは違って。 一言で、良かったんだ。 凄いと。流石だと。私のこの力を認めてくだされば、私はこんな力に、快楽に溺れたりしない。 正しき道を歩み、悪を裁き、その御魂と引き換えに神官としての最高位呪文を身につけられるだろう。 こんな苦しい報われない道を払拭するほどの力と快感。 身体から溢れるような、染み出るような、湧き上がるような──。 誰か、私を、正しき道に、導いてください……。 この強い力に、呑まれる前に……。 「あはは……」 惨めだな……。 誰に見られている訳でも無い泣き顔を、そっと両手で覆った。 ──殺してしまえ。 「……?」 私が裁いた御魂は、天へ召されたはずだ。 あの黒い靄は確かに渦を巻いて天へ昇っていった。 それなのに……。 ──あいつを、殺してしまえ。 私の身体の中に、悪の心が渦を巻く。 ──何を戸惑うことがある? ──この素晴らしい呪文の快楽に溺れてしまえ。 ──一緒に、楽になればいいじゃないか……。 「……嫌だ……」 ──お前は、俺たちを殺したじゃないか。 ──勝手に、一方的に、悪と決め付けて。 「……やめろ……」 ──助けてくれよ……。 ──なあ、助けてくれよ……。 ──ここは、窮屈だ……。 ──お前の、中は……。 「──やめろぉ!」 思わず、私は叫んだ。 意味の判らない囁きは耳鳴りに姿を変えてきぃんと頭の中に響く。 「クリフト!」 私の叫びに驚いたのか、ブライ様が勢いよく扉を開けた。 私はブライ様を睨みつける。助けて……邪魔をするな……二つの心が私の中でぶつかり合った。 「……ブライ……様……」 恐怖に対してなのか、あの快楽に対しての悦びなのか、私の身体は小刻みに震える。 「……た……」 ──なあ……。 ──そいつも……姫とお前を……。 「──来るな! 来るなぁ!」 私はベッドの周囲にある物を、片っ端からブライ様に投げつける。 どうして、どうして私はこんなことを。 そんな騒ぎを聞きつけて、皆も私の部屋を覗き込む。 「──っ!」 急に目の前が真っ暗になる。同時にふわりと暖かさが身体中を伝う──。 「……息、吸って。大きく……」 「……あ……」 優しくも強い声が、私の耳元に囁きかける。 震える唇で、そっと、少しずつ、息を吸い込んだ。 「……うん。じゃあ、今度はゆっくり、吐いて……」 ゆっくりと息を吐き出すと同時に、力が抜けていく。その暖かい存在に身体を委ねながら……。 「……マーニャ……さん……?」 |
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