◆裁きの呪文-2-◆ 次々に襲い掛かってくる敵に、私は容赦無く裁きの呪文を唱え続ける。 ソロさんや姫様が必死に闘う相手を、私は一瞬で殺すことができる……。 ああ。何て気分がいいんだ。 全身を駆け巡る快感と相まって、私は恍惚の表情を浮かべる。 私が仕留め損なった悪は、あなたたちが殺せばいい。 野蛮な力を使って……。 「……いいかげんにしろ、クリフト!」 ソロさんが、私の胸倉を乱暴に掴んで、声を荒げた。 「何を、ですか?」 「……その呪文だよ! 効くかどうかもわからねえのに、無駄に力を使うんじゃねえ!」 「は? 神官としての修行を積めと言ったのは、ソロさん、あなたでしょう?」 ソロさんの言葉に、すらすらと言い返すことが出来る。 私の心を包む茨の痛みなんて感じない。 これも神が与えてくださった力のおかげなのだろうか……。 「この呪文は、神に代わって悪の御魂を天へ召すためのものです。多くの御魂を送り届けることで、より高位の神聖呪文を身につけることができるのです」 「そんな訳あるかよ……! そんな恐ろしい呪文が神聖呪文なもんか! 目を覚ませ、クリフト!」 「あなたたちだって、全力で敵と戦っているのでしょう? 私も全力を尽くしているのです。それとも……私に、手を抜け、とおっしゃるんですか?」 「……っ……!」 私の頬に、痛みが走った。 ソロさんが、私の頬を引っ叩いた──。 一瞬顔を顰めて、ソロさんの顔を見た。しかしすぐに私の顔は、微笑へと変わっていく。 「……私は、神に代わって悪を裁きます。この呪文は──」 私は怯まず、ソロさんの前に歩み出る。そんな私を見て、逆にソロさんが一歩下がった。 「──人にも、効くのですよ……?」 「──……!」 伝説の勇者さまの顔が、恐怖に歪むところを私は見逃さなかった。 気持ちいい……。今まで私を見下して馬鹿にして、そんな伝説の勇者さまより強い力を私は手に入れたんだ。 ──ああ、愉快だ。その表情。ゾクゾクする。たまらない、快感だ──。 「あはははははは……」 私は再び高らかな笑い声を上げる。 神は私を認めてくださった。私の意思は神の意思。神に代わって、悪を裁くんだ……。 「……やって、みろよ……」 ソロさんが剣を抜いて、私に向かい構える。 「やってみろよ! 俺にはそんな呪文なんか効かねえ! やってみろよ!」 粗暴な声。投げやりな声。私に対する恐怖を振り払おうとしているのかのようだ。 私は微笑を浮かべたまま、ソロさんの方へ向き直る。 「……やめて!」 ──姫様が、両手を広げて私たちの前に立ちはだかる。 その姿は……私に、向かって。ソロさんを、守るように……。 力強い瞳で私を見つめる。先に剣を抜いたのは、ソロさんなのに……。 姫様は、ソロさんを守ろうとしている……。 少し悔しくて、胸がちくりと痛んだ。 でも……。 そうだ。姫様も、物語の中にしか存在しない伝説の勇者さまなどより、ずっと強い力を手に入れた私のことを認めてくださっているんだ。 ソロさんよりも、私の方が強い。だから姫様はソロさんを守ろうとしているんだ……。 「ふふ……」 ──少し俯きながら、私は小さな笑い声を立てた。 往きとは全く異なる、重い空気の中、私たちは街へと戻った。 先に戻っていたライアンさんたちが、宿で私たちを迎えてくれた。 「おかえりなさいませ、勇者殿」 「アリーナ! お風呂一緒にはいろ!」 「なかなかいい武器が見つかりましたよ。ブライさん、いかがですか?」 ああ、騒々しい。私は途端に不機嫌になる。 「……?」 ミネアさんが、何か不思議そうな顔で、周囲を見回していた。 「どうしました、ミネアさん」 「いえ……あの、生臭い空気を感じるのですが……」 「……そうですか? 私は……感じませんが」 私も周囲を見回してみる。しかし、あの生臭さは微塵も感じない。寧ろ、清々しい空気だ。 「……クリフト。ちょっと、いいか」 ブライ様が私の腕を取り、宿の階段を乱暴に上がっていく。ふと、ソロさんと姫様が私たちへ視線を向けた。 「……裁きの呪文のことだ」 喧騒から隔離された暗い部屋の中で、ブライ様が深刻な声で呟いた。 「あの呪文は、確かに悪を裁くための呪文だ。高位の呪文を扱うための試練でもある。だからこそ──」 ブライ様の顔に刻まれた皺が一段と深く見える。少し、険しい表情だ。 「誤った相手を裁いてしまえば、人の道に戻ることすら許されん呪文だ。わしも今までに何人かの神官の成れの果てを見てきた。呪文の与える力に、快楽に溺れてしまえば、堕落の一途を辿るだけだ」 「……存じてます」 「それならば何故、勇者殿を裁こうとした。お主は、自分の過ちに気づいておらんのか」 またか。 また、勇者さま。 そんなに、勇者さまが、大切なのですか──。 「……私を苦しめ、私を蔑み、私を傷つけた男だからです。勇者であろうと、そんなことは関係ありません。私にとっての悪を裁こうとしただけです。神は私に裁きの呪文を与えてくださった。それは、私の考えが正しいと神は認めてくださったからです」 私の心に茨が刺さり、悲鳴を上げる。でも、そんなことは気にならない。 少しズキズキと痛む心は、私の弱い心。 これを乗り越えれば、きっと、より高位の呪文を身につけることができるのだろう──。 ブライ様は難しい顔をして、ため息をひとつ。 そのまま、部屋を後にした。 「あはは……」 月明かりの中、笑いがこみ上げる。 ようやく手に入れた力。ようやく取り戻した笑顔。長い長い苦しみから抜け出せるのは、もうすぐだ──。 |
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