◆裁きの呪文-1-◆

「ライアン、そっちは頼んだ」
「心得ました」

ずっとずっと年上のライアンさんやブライ様に対して、ソロさんはその名を呼び捨てにする。
伝説の勇者、そんな物語の中の存在は、それほどまでに偉いというのでしょうか?

まだ、あなたが伝説の勇者と決まった訳でも無いのに。

誰もが、いつか、一度は望んだことがあるだろう。
自分は、特別な存在。
いつか自分を迎えに来る使者がいて、あなたを探していました……そんな言葉と共に差し出される手。
選ばれた血筋。世界を救う勇者。大切な存在。特別な存在。
自らが努力することも無く、いつか誰かが自分を選んでくれると、認めてくれると、信じてる。
安っぽい、ありがちな、物語の世界。

でも、その物語の主人公は、確かに、目の前に存在している。

……どうして。
それは、私では、無いのだろうか。



私たちは、二手に分かれた。
ソロさん側に、姫様と私とブライ様。
ライアンさん側に、トルネコさんとミネアさんとマーニャさん。
……思わず、ライアンさん達を見つめてしまう。
あちらに行きたい。そんなこと言える訳が無い。

仲睦まじく会話を繰り広げる、ソロさんと姫様とブライ様。
……惨めだ。血が滲む程、唇を噛み締めた。
時折、ブライ様が私を気遣ってか、ふと視線を向けた。



「行くぜ」
ソロさんの声。その声に姫様とブライ様が構える。
少し先に、獣のような化け物の姿が数匹。

ふと掴んだ背の剣の柄。
その感触に、ひとつ心臓が大きく脈を打つ。涙が滲むほどに。
──役に立たない、私の剣──。
どんなに努力しても、必死に頑張っても、ほんの少しも追いつくことが出来なかった私の剣。
情けなくて、悔しくて、私は剣を抜くことを止めた。

幾つかの呪文を唱える。化け物を傷つけることすら許されない神聖呪文を。
ソロさんと姫様は素早い動きで化け物をなぎ倒す。
ブライ様の魔法が化け物の身体を包み込む。

この場に、私は、必要ですか──?



「──クリフト!」
ソロさんの声に、はっと顔を上げた。
目の前の空に見えたのは、姫様が仕留め損なった手負いの化け物──。

「……!」
恐ろしい牙の生えた口の中から、甲高い鳴き声が聞こえた。

──思い出す。
──私の身体を貫いた、あのキングレオの牙を。



嫌だ──怖い──!



「────」



そのとき、だった。
聞こえた。ずっと、私に語りかけてきた、酷く冷たく、優しい声が──。
頭の中に、繰り返し響く、その言葉──。



私は無意識に印を組んで、その聞こえた言葉を口にした。
私の身体の周りが、黒い靄に包まれる。
それは……あの、生臭い靄に似ていた……。

靄は恐ろしく渦を巻いて、私に向かう化け物を包み込む。
甲高い鳴き声が一瞬で止まり、空を舞っていたその身体がどさりと落ちた。

まるで歓喜の舞のように、靄が再び渦を巻いて、天へと化け物の魂を運んでいく──。



「……あ……」
何だ……この感覚。
そうだ、これは……快感、だ。
まるで自慰の絶頂を迎えたときのような、心地よく気だるい快感。
そんな快感が身体中を駆け巡る。
「……はは……あはは……」
両の掌と、事切れた化け物の身体を交互に見つめると、私の身体が歓喜と快感に震えた。
「あはははは……」

笑っているのか、私は……。

ああ……そうだ。笑っている……。私が、笑っている……。高らかな声を上げて。

「あはははは……!」



それは裁きの呪文、ザキ。
悪を裁き、その穢れた魂を神の元へと運ぶための呪文。
血に塗れることが許されない神聖呪文の使い手のため、裁く相手を苦しめないため、身体中の血液を一瞬にして凝固させる呪文。



神は私に、悪を裁くことを、お許しになられたんだ──。
遂に私は、神に選ばれた──!

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