◆祈り-6-◆

私はソロさんの前に、檜の棒を差し出した。
私は強くなった。今までの私とは違うんだ。
それを、見せ付けてやりたい。

「……いいぜ」
ソロさんが乱暴に私の手から檜の棒を奪い取る。
その表情は、いつもの私を見つめる厳しい顔つき。



朝の冷えた空気の中、私は檜の棒を構えた。
しかし、ソロさんは構えすらしない。



ソロさんの表情は、本気には見えない。
まるで小馬鹿にするような表情。
それが挑発にすら感じて、私の心に再び醜い感情が芽生える。

あなたが、いなければ。
あなたに、出会っていなければ。



挑発などに乗るものか。私はあなたの思い通りになんて動かない。
私は、強くなったんだ。

ライアンさんの教えを思い出して、身体を低くしてソロさんに素早く駆け寄る。
無駄な動きは見せない、素早く、そして力強く、しかし軽やかに。
渾身の力を籠めたひと太刀は、虚しく空を斬った。
「く……」
少し身体を逸らしただけのソロさんに、再び斬りかかる。
それも虚しく空を斬った。

悔しい。どうして。少しだけでもいいのに。
掠りもしないなんて……!

休むこと無く私は檜の棒を振り回す。
ソロさんはほんの僅か身体を翻して、ぎりぎりのところで避ける。
だんだんと焦りが太刀筋に表れる。ソロさんはその時を見逃してはいなかった。

「……!」

耳元で、ぶんという空を斬る音がした。
同時に、頭に走る、衝撃。
「……っあっ……!」

ソロさんの一撃が、私の頭に強烈に放たれた。
その衝撃で、私の身体がふき飛ばされる──。



「ぐぅ……っ……」
……立てない。頭が割れるように痛くて。
くらくらと視界が回る。吐き気がする。
惨めにも地面に這い蹲る私の元へ、ソロさんがゆっくりと近づいてくる。
目の前に、ソロさんの靴先が見えた。

「……無駄なんだよ。お前が、俺に剣で敵う訳がねえだろ……」
カランと乾いた音がして、ソロさんが手にした檜の棒を地面に落とした。
「お前は、神官なんだ! 神官としての修行を積めよ! こんな無駄なことしてるんじゃねえ!」

ソロさんの怒声が、叩き付けられた頭にがんがんと響く。
無駄なんかじゃない。私は、強くなったんだ。強くなったはずなんだ。それなのに……!

必死に、立ち上がろうとする。
酷い吐き気に見舞われて、四つん這いになるのがやっとだった。
「はあっ……はあっ……」
荒い息が漏れる。滲む涙を堪えた。
これで、終わりなんかじゃない、私はもう一度、もう一度立ち上がって……。



「……ソロ……」
──愛しい、声がした。
私を呼ぶ声では無かったけれど……。
揺れる頭を少し上げて、その愛しい姿を瞳に映す。

──ふと、目が合った。
その表情は、私を哀れむ表情に見えた……。

「ああ、ごめん。今行くよ」
ソロさんが姫様の手を取って歩き出す。
どうして。姫様。私には、御声すらも掛けていただけないのですか……?



──屈辱。



こんな、地面に這い蹲る惨めな堕ちた神官。
強く美しい伝説の勇者。

姫様の隣に立つべき者として、相応しいのは、どちらなのか。
そんなもの、誰が見たって判ることだ。

「──っあああ──っ!」

──涙が溢れる。ひとり地面に這い蹲ったまま、泣き声を上げた。
悔しくて、情けなくて、切なくて。
ソロさんと手を繋ぐ姫様の後姿に、去っていく母の姿が重なって。

これも腕輪の呪いなのか。
──いや、違う……。
生まれた時から、決められていた運命なんだ。

神様。どうして。私は、そんなに、悪い子ですか……?
何一つ悪事もせず、真面目に勤勉に過ごしてきた私への加護は無いのですか……?
人は成すべき運命を背負って生まれてくると。
乗り越えられない困難は無いと。
そんな教えを信じることに縋って生きてきた私に、背負いきれない苦しみを与え続けるのですか……?

人並みの幸せを望んではいけないのですか。安らかに、ただ笑顔で生きていたいのに。



──ゆっくりと、立ち上がる。
身体に付いた砂を払い落とす。

もう、身体の痛みなんて、判らない。そんなもの、感じることすら出来なかった。

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