◆祈り-7-◆

街の中心にある教会の扉を開けた。
以前より、少し綺麗になっているようだ。

一番前の長椅子に腰掛けた。

ぼんやりと、祭壇に飾られた美しい像を眺める。
窓からきらきらと差し込む、海に反射した光が美しかった。

「……神様……」
私は、手を組んで目を閉じた。

助けてください。お願いします。お願いします。お願いします……。
もう、そんな大きな幸せは望みません。
ただ穏やかに、安らかに、日々を過ごせるよう、助けてください……。

今にして思えば、サントハイムで暮らしていたころは、幸せだったんだ。
それに気づこうともしないで、不幸に溺れる自分に酔っていたんだ。
私の近くには笑顔の姫様がいて、私を温かく見守ってくださる教会の皆様がいて。
それだけで充分なのに。何不自由なく暮らしていたはずなのに、私はもっと大きな幸せを望んでしまった。

──幸せなんて、その中にいるときには気づかないものなんだ。
きりが無い。もっともっと。もっと幸せになりたい。そう思ってしまうんだ……。



神様。
あなたは今まで、一度だって私の願いを聞いてくださったことがありますか?
母は、迎えに来なかった。
姫様への想いは、叶わなかった。
一度くらい、私の我侭を聞いてください……。

お願いします。
お願いします。
こんな惨めな運命なんて、もう、嫌です……。



何度も何度も唱えて、身体に染み付いた祈りの言葉。
今まで心を込めて唱えていなかったのかもしれない。
早く覚えて、褒められたくて。そんな邪な気持ちで覚えた言葉。
その言葉を、心から、繰り返し、繰り返し、繰り返し……。

祈ったって、何にもならないのかもしれない。
でも、もう、神に縋るしかないんだ。

お願いします……。



「……クリフト君……?」
その日の夜、いつもならライアンさんに剣を教わっている頃。
私は、ベッドに力無く横たわっていた。
「具合でも……」
心休まるライアンさんの声に、そっと、起き上がった。
ベッドに腰掛け、俯いたまま、私は呟く。
「……申し訳ありません。もう……」
胸がきゅっと締め付けられて、熱くなる。
強くなったと思っていた。それは、自惚れだったのだろう。
あんなにも力の差があるなんて、思わなかった……。
「……もう、いいんです……」
ライアンさんに申し訳無い気持ちで一杯になる。こんな私のために大切な時間を割いてくださったのに、私はそれを無駄にしてしまった。
「……もう……」

ライアンさんが屈んで、私の顔を覗き込む。
同時に、そっと、肩に手を置いた。
「そうか。判った」
多くを語らない、その手が温かくて、怖かった。
信じてしまえば、楽になるのに……。

……でも、でも、貴方が探していた人は……。



朝を迎えて、私は自ら部屋を出た。
階下には、まだ、誰もいない。
水差しに用意された水をコップに注いで、食堂の椅子に腰掛けた。

ばたばたと足音がした。
ああ、ソロさんと姫様の足音だ。

私の姿にソロさんは歩みを止める。

「クリフト」
「……はい」

ソロさんの声に、顔を上げた。姫様がすっと目を逸らす。その横顔に胸がちくりと痛む……。
私は今、どんな表情をしているのだろう……。

「怪我がもういいなら、今日から特訓だ。次の闘いに向けて」
次……サントハイムを取り戻す闘い……。
きっと全てが終わる闘い……。
ようやく訪れる、安らかな日々への闘い……。
「……判りました」



あと少し、あと少しだ。
それまで耐えよう。従っていよう。
ほんの最近、従っていようと心に決めたばかりだったのに。

私の存在は、姫様を傷つけているんだ。
これが終わったら、私はどこかの小さな村で、ひっそりと暮らしていこう。
誰にも会わずに済むところで暮らしていくのも、いいかもしれない。
母とも言いたくない人が付けた名など捨てて、何の役にも立たない神官などという立場も捨てて。



「……」



ああ。まただ。
昨日の傷のせいで、未だズキズキとする私の頭の中に響く声。
その声は安らかで、でも、苦しくて。

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