◆祈り-5-◆ 「剣を」 「はい」 後手に隠していた剣を、そっと身体の前に出した。 「……しかし、君は神官では……」 「神官でも……何かを守るために、取り戻すために、強くなりたいと願うことは……間違っていますか」 そうだ。祈るだけでは何も出来ない。 神は自ら行く者を助く。 以前に、ネビンズさんが言っていた言葉を思い出す。 「……いや」 ライアンさんが、一瞬目を伏せた。 「……良い、心がけですな」 再び、優しい笑顔。何か大らかな空気に包まれるような、暖かい雰囲気……。 「御身体は大丈夫ですか」 「はい」 地面に置いてあるいくつかの剣から、ライアンさんが二本の檜の棒を拾い上げた。 「まずは、お手並みを見せていただきましょうか」 棒の先が触れ合うか触れ合わないか、そんな距離でお互いが構える。 じりじりと間合いを測って、私は一歩前へ出た。 狙ったのはライアンさんの脇腹。手にした檜の棒をひゅっと振った。 私の太刀筋は既に読まれていたのか、軽く払われてしまう。 そのままその棒を振り上げて、今度は肩口。 しかし、ライアンさんに軽く避けられてしまった。 「……っ!」 身を翻して足元を狙う。 一瞬早く地面に突き立てたライアンさんの棒が、私の太刀筋を遮った。 「……なかなかですな、クリフト君。でも……」 かあんと乾いた音がして、私の檜の棒がなぎ払われる。 「あっ……」 その方向を見てしまった一瞬に、ライアンさんは私の首筋に檜の棒を突きつけた。 「……あ……」 「……君の剣は、美しい剣だな」 「え……?」 私の手から弾き飛ばされた檜の棒を拾いながら、ライアンさんが言う。 「君の剣は、魅せるための剣だ。剣の角度、翻す服の裾までも計算された、飾られた剣だ」 美しい剣。 魅せるための剣。 飾られた剣……。 それは、つまり……虚構、だろうか。 まるで私の心そのままの……。 「神官として学んできた剣技は、儀礼用のものなのだろう。決して実戦で培われた剣では無い。人の生命を奪う剣では無い。その優雅さや美しさで人を魅了する剣だ」 「あの……すみません。それは……」 「……はっきりと、言ってしまえば……」 言いにくそうに、ライアンさんが顔の髭を撫でる。その姿を、じっと見つめた……。 「これからの闘いでは、役に立たない」 今まで言われたことの無い、はっきりとした否定の言葉。 でも……それは、なんだか、嬉しかった……。 「……そうですか……」 悲しくも無い。 悔しくも無い。 自分の力不足をはっきりと指摘してくれたライアンさんに、感謝の気持ちが芽生えた。 「これから、よろしくお願いします」 しっかりと頭を下げて、私はライアンさんに剣を習おう。 少しでも、追いつきたいから、追い越したいから。 あの詩人……ホイミンと名乗った詩人。 あなたが、この方を尊敬していたことが、よく判りました……。 私はそれから、毎晩ライアンさんに付いて剣を習った。 それは今までに無い、相手を殺すための剣。 そのために躊躇いも戸惑いも持たない剣。 朝はひとり早起きをして、剣を振った。 ソロさんや姫様が手合わせに出るよりも早く。 手に肉刺が出来ても、身体が痛んでも、ひたすら剣を振った。 取り戻すんだ。私の居場所を。そして、姫様の心を……。 「やはり、飲み込みが早いな」 「ありがとうございます」 自分でも判る、恐ろしいほどの上達。ライアンさんの教えは的確で、無駄なお世辞などは無い。 時に厳しく容赦無く叩きのめされ、時に優しく褒められる。 強くなっていく自分が嬉しかった。でも、それだけでは無い。 父親の記憶が無い私には、ライアンさんの存在が嬉しかった。 それは、少し寒さが戻った日の朝。 ひとり剣を振る私の姿を見つめる、ソロさんの姿があった……。 「……ソロさん……」 朝の清らかな空気の中に浮かぶ、伝説の勇者の姿。 それは悔しくも麗しく、凛とした姿だった。 ……そうだ。 「……手合わせ、願えませんか」 |
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