◆祈り-4-◆

いつもの街外れ。篝火からも影になる鬱蒼とした闇の中。
そこへ重い身体を引き摺って、重い剣を手にゆっくりと進んでいく。

「……?」
何か、闇の中から音がした。

「あ……」
その闇へ歩み寄ると、あのときの派手な鎧の男が剣を振り回していた。
力強いのに素早く、無骨なのに優雅な太刀筋。
この方──強い。
直感で、そう感じた。

「……神官殿?」
呆然とその太刀筋を見つめていた私に、男が話しかけてきた。
「あ……すみません……」
「いえ。いかがなされましたか?」
その姿は思ったより小柄で、少し驚いた。あんなに大きく見えていたのに……。
「いえ、ちょっと……」
思わず手にしていた剣を後ろに隠す。
「そういえば、まだ私は名乗っていませんでしたな。ライアンと申します。バトランドの戦士です」
「……バトランド」
そうだ、バトランド……子供が消える事件があったイムルの村がある国。
ライアンさんは、何かをご存知だろうか。



「……イムルの出来事のことですか。それは……申し訳ありませんが、既にアリーナさんとブライ殿にお話
済みで……。サントハイムの出来事とは、関係が無いかと」
「そうですか。ありがとうございます……」
私があれだけ我侭を言って旅立った、ただひとつの出来事。それすらも意味の無いものだったのか……。

「あの、神官殿」
「……クリフト……です」
「……失礼しました。では……」
ライアンさんが笑顔で私の顔を覗き込む。優しいその笑顔から逃れるように、私は目を逸らした。

「……クリフト君」
「はい……」

少し、どきっとした。
もしかしたら、父親というものは、こういうものなのだろうか……?
そんなふうに、錯覚してしまう。

今まで笑顔だったその顔が、急に険しいものとなる。同時に、その姿がすっと沈んだ。

「……申し訳ありませんでした。あのような深手を負わせることとなってしまい……」
「え……」
気づけばライアンさんは膝をつき、私に深々と頭を下げていた。

「や、やめてください……そんな」
「どうか、勇者殿を責めないでください。勇者殿は自らの責任だと、ひとりずっとクリフト君のことを心配していたのです……」
「……」



そうだ、あのとき、ソロさんは確かに言った。
『……ごめん』
と。
空耳では、無かったのか……。



「……誰の責任でも、ありません……。全ては……私の責任です」
そうだ、ソロさんの指示に従わずに逃げなかった私の責任。
あんな魔物に敵う訳が無いのに。
でも……私が、もう少し……強ければ……。

後手に隠していた剣を、ぐっと握り締めた。

「あの。お顔……上げてください……」
私の声に、ライアンさんがゆっくりと立ち上がる。
無骨な顔つき。それなのに、気品を感じるのは何故だろうか。
バトランドの戦士は皆、こんなに素晴らしい人々なのだろうか。

ああ、そうだ……。勇者。勇者と呼ばれる者は、こんな強さと気品を兼ね備えているべきなんだ。
ソロさんなんかより、ずっとずっとあなたの方が、勇者に相応しいのに……。



「あの、次の闘いって、一体、どこに……」
「まだ、お耳に入れていませんでしたか」
ライアンさんは少し、小難しい顔つきになる。私の瞳をじっと力強く見つめながら、低い声で言った。



「サントハイムです。マーニャさんとミネアさんの父を殺した、バルザックを倒しに」



──!



「……サントハイム」
「はい」

どくん、と心臓が力強く脈打つ。
サントハイム。
その言葉──。

次の闘いが終われば、サントハイムの皆様は戻ってくるのだろうか。
もし、そうならば、私のこの旅にも、終わりが見えてくる。
次の闘い──負けられない、闘い。

「あ、あの……ライアンさん」
身体中から冷や汗が出る。少し身体が震える。終わるんだ、この長く苦しかった旅が。
そうだ、この旅を美しく終わらせるために──。
キングレオのときのような、無様な姿を晒さないために──。



「私に……剣を、教えてくださいませんか」


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