◆祈り-3-◆ コンコン、と、扉をノックする音が聞こえた。 私は、応えない。 かちゃっと音がして、扉が開いた。 廊下に灯る明るい光が、部屋に流れ込んでくる。 「……クリフト」 ソロさんの声だ。 「クリフトさん」 トルネコさんの声だ。 「クリフト」 マーニャさんの声だ。 「クリフト!」 ブライ様の声だ。 「神官殿」 あのときの派手な鎧の男の声だ。 一斉に聞こえたその声の中に、一番欲しかった声は、無かった。 そっと、起き上がる。 「……ご迷惑を、おかけしました」 目を合わせないように、私は目を伏せたまま呼びかけに応える。 「馬鹿。心配かけて。もう、平気?」 「……はい」 マーニャさんが私の髪を撫でた。 思わず、その手を振り払う。 「……すみません。ひとりにさせてください」 振り払われた掌をしばらく見つめていたマーニャさんが、くすりと笑った。 「うん。判った。落ち着いたら、いつでもおいで」 そのまま、皆を促して部屋から出て行く。 ──ソロさんだけが、部屋に残った。 怒られる。 また、勝手な行動をして、お前のせいで。 そんな怒声が頭の中にこだまする。 唇を噛んで、私は俯いた。 「……ごめん」 ……え……? ソロさんはそのまま俯いて、部屋を後にした。 今……私に……何て……? 開いたままだった窓から、以前と変わらない賑やかな声が聞こえてくる。 潮の香りを含むきんと冷えた空気が、澱む部屋の空気を清らかにしてくれる。 ベッドから立ち上がって、窓へ向かう。 澄み渡る空には、満月。 船の出入りが再開されたのか、店にも活気が戻っていた。 エンドールでも、そうだった。 私の周りは、いつでも、楽しそうだ。 死にそうになると生きたいと思う。 生き延びてしまうと死にたいと思う。 身勝手で、我侭で、馬鹿らしい。 死の恐怖は確かに私の心と身体に刻み込まれたのに。 口先だけの、美しい響きの祈りの言葉。ぼそぼそと、そんな言葉を唱えてみる。 そんな言葉を唱えたところで、救われるはずも無いのに。 夜風に、身体が冷える。 そっと、窓を閉めた。 「クリフトさん……」 翌朝、ミネアさんが部屋の扉を少し開けて、遠慮がちに私に声をかけてきた。 「あの、私たちは特訓のために留守にしますが、大丈夫ですか?」 ああ、そういえば、次の闘い、そんなことを言っていたような気がする。 「……はい。お気をつけて」 私の言葉にミネアさんが小さく微笑んで、静かに扉を閉めた。 私だって……本当はこんなところでぐずぐずしている訳にはいかないのに。 皆がどんどん力をつけていくのに、私はこんなところでひとり臥せっているだけなのか。 宿の外から聞こえる皆の声が遠くなる。その声が聞こえなくなったことを確認して、私は起き上がった。 服を着替えて、宿の外に出てみる。 外は少し暖かくなっていた。随分と長い間、私は死の淵に佇んでいたのだろうか。 花の蕾すら、少し色づき始めていた。 ……いつも、こんな風に、冬なんて過ぎてしまえばいいのに。 街を、ひとまわり。 ずっと臥せったままだった身体のあちこちが痛む。 情け無いな……。 治癒呪文を唱えてみる。 その呪文は仄かな光と共に、変わらず私の傷を癒してくれる。 私にも、ソロさんやミネアさんのように攻撃魔法も使えればいいのに。 神聖呪文は、人を傷つけられない。 ソロさんやミネアさんと同じ治癒呪文でも、私は神の力を借りているのだから。 キングレオは言った。私から腕輪の力を感じる、と。 おそらくそれは、私を苦しめる腕輪の呪いの力。 奴らが腕輪を狙ってくる限り、私の苦痛は続くのだろうか。 もう一度、治癒呪文を唱えてみる。 心の傷は、癒えやしない。 その夜、私は久々に剣を手にした。 少しでも、皆に追いつきたくて……。 |
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