◆祈り-2-◆

全てのボタンを外して、ミネアさんがそっと服を脱がそうとした。
「あ、あの」
思わず私は服をぎゅっと握り締めて、真っ赤な顔でミネアさんの姿を見上げる。
「……や、やだクリフトさん……。そんなに恥ずかしがられると……」

そ、そうだ。これは治療のためなんだ。
何を恥ずかしがる必要があるんだ。

「……かえって、私が恥ずかしいです……」
「……も、申し訳ありません……」

私は自分で服を脱いだ。
しっかりと巻かれた包帯に、傷の重さを感じてしまう。
あの恐怖が蘇ってきて、ぞっとする。



「あの。皆さんは、どちらへ……」
何かを話していないと、この空気に耐えられなくて、私は話題を探す。
「……次の闘いに備えて……特訓に」
「……次……」

ミネアさんが湿らせたタオルで、私の身体を拭いていく。
目の前に見える美しい髪から、いい香りがする。
窓から差し込む夕日が、ミネアさんの姿を幻想的に照らし出す。
……ドキドキする。そうだ、あのとき。
艶のある瞳で姫様に見つめられたあのときのような──。



「……ミネア、さん……」



思わず私はその身体を抱きしめる。
細く柔らかな身体。暖かくて、いい香りがして──。
「……ク……クリフトさん……」
身を捩って私の腕から逃れようとするその身体を、力強く抱きしめる。
髪をそっと撫でると、するりと滑るような感触が心地よかった。
「……だめ……」

──何をしているんだ、私は。

「……まだ……治療が終わっていないでしょう……?」
少し身体を離したミネアさんが、優しく諭すように、微笑みながら言う。
その言葉を聞いて、自分の行動が途端に恥ずかしくなった。
「す、すみません……」
慌てて、ミネアさんの身体から腕を離す。

はあ……。



「……ありがとうございます」
真新しい包帯の下から、薬草の香りがした。
夕日はすっかり地平線の彼方に落ちて、薄暗い部屋の中に、ふたりきり。
ランプが灯されると、その灯りの中にミネアさんの姿が浮かんだ。

その姿に、涙が出そうになる。
こんな醜い心の私に、優しい手を差し伸べてくれるその姿。
でも……その美しい心が、瞳が、見つめている人は……。

母と、同じなんだ……。
いつか、あのときと同じように、私は捨てられる。
この優しさを信じてしまえば楽になる。
でも、それは……裏切られたときの悲しみが大きくなるだけなんだ。

……信じない。

そうだ。信じるものか。信じなければ、裏切られることなど無いから。

あなただって、私より大切な人がいるのでしょう?
それなのに、何故私の心をかき乱すのですか……。



「……」

まただ。また、何かの声。
少しずつ近づいてくるような、何かの声。



がたがたと階下で賑やかな音がした。
「皆さん、戻られたみたいですね。行きましょう」
ミネアさんが私に手を差し伸べる。
私は、その手をしばらくじっと見つめた。
「……いえ……」
どんな顔をして皆に会えばいいのか判らない。
今の私は完全に足手纏いだ。
せっかく病が治ったというのに、あっという間に再びこんな姿を晒すなんて。

「……行きません」
私はそのまま、ベッドに潜り込んだ。

「……では、私は、行きますね……」
ミネアさんの優しい声。でも、でも。
扉が開く音がした。急に襲い掛かってくる、不安。
ぱたりと音がして、扉が閉まる。

「……行かないで……!」
思わず起き上がる。
暗い部屋に、ひとりきり。
ゆらゆらと揺れるランプの灯りに映し出される、私の影。
思い出してしまう。あのときと同じ、恐怖を煽る影。
階下から聞こえてくるのは楽しげな声。
どうして、どうして、こんなにもすぐ近くに私は居るのに。
私だけが、私だけが……。



痛むのは、傷口なんかじゃない。
茨に包まれたこの心……。

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