◆腕輪-2-◆

「腕輪ァァァァァァ!」

キングレオがひときわ大きな叫び声を上げると、背から生える腕の一本が、私の身体を捕えた。
「クリフト!」
「……っ……!」
不気味な掌から逃れようと、私は必死に身を捩る。なんとか自由になった右腕で背の剣を抜き、その腕につき立てる。
「お前が……腕輪を……持っているのかァ……!」
そんな痛みなど感じないように、キングレオは叫び続ける。獣臭い生温かい息が、吐き気を催す。

腕輪……?
何のことだ。あの、忌まわしい黄金の腕輪のことか。

「……私は……持って……いませっ……」
「何故だァ! 何故貴様から腕輪の力を感じるゥ……! 何故だァ!」

そんなこと、私が聞きたい。
キングレオが叫び声を上げるたび、掌に力が篭る。

「クリフトぉ!」
姫様が、キングレオの目に鉄の爪で殴りかかる。
ぶちゅっ、と嫌な音がして、キングレオが悲痛な叫び声を上げた。
「うああああぁぁぁぁああああァァァァァァ!」
私を握り締めたままの拳で、キングレオは姫様の身体をなぎ払う。
あまりの衝撃に、一瞬、意識がどこかへ飛んでいった。

何なんだ。一体、何が起こっているんだ……。



「貴様をォ……貴様を食らってやるゥ……。腕輪の力をォォォ……!」



えっ……。



がああっ、と大きな声がして、気がつけば目の前にキングレオの牙が見えた。
「──っ……!」

その、瞬間だった。
派手な色の影が見えて、私を掴んでいた腕が、キングレオの身体から切り落とされた。
「……大丈夫ですか、神官殿!」

切り落とされても未だぴくぴくと蠢く腕が、腕輪への執念を思わせて、恐怖を煽る。
「腕輪のォ……力をおおおおォォォォ…… 進化の、秘法をォォォ……!」

きぃんと耳鳴りがする。
進化の秘法、そうだ、それは腕輪に刻まれていた謎の言葉。
──私が、あの、腕輪の代わりになるというのか。
こんなやつに、食われるというのか──?

そんな──そんな、最期は……!



「クリフト! 逃げろ! 訳判らねえけど、こいつはお前を狙ってる!」
ソロさんの声に、耳鳴りが止まった。
朦朧とする意識がはっきりとして、周囲を包む轟音がはっきりと聞こえてきた。

逃げろ。
そうだ、逃げろ……!



──それで、いいのか?
私の生きてきた道、それで、いいのか──?



切り落とされた腕に突き刺さったままの剣を、ゆっくりと引き抜いた。
そうだ。どうせ、狙われているのなら……。

「私が……私が、欲しいのですか……。それなら……」
がくがくと身体が震える。でも、私は願ったはずだ。姫様への想いが叶わないのであれば、この闘いで清く散ってしまいたいと。
「こっちです……!」

姫様が潰したキングレオの目。その方向へ向かって、剣を構えてじりじりと移動する。
ずしん、と、キングレオが一歩動くたびに、城中が揺れ動いた。

「クリフト……!」
「ソロさん。こいつの狙いが私なのであれば。私が、引き受けます……!」
一瞬何かを言いかけたソロさんが、私の元から走り去る。それに合わせて姫様とマーニャさんも、キングレオの背後に回った。

ずしん。
また、一歩。



ソロさん。悔しいけれど、私はあなたを信じます。
マーニャさん。あなたを淫らなだけの女性だと思ってしまい、申し訳ありませんでした。
姫様。
姫様……私は……。



「があああああァァァァああああアアアアアアァァァ!」

キングレオが耳を劈く叫び声を上げて、背の腕を振り下ろした。
私はその一瞬に、自分自身にスカラの呪文を唱えた──!

私の詠唱が終わると同時に、振り下ろされた腕が、私の身体をなぎ払った。
そのまま石壁に叩きつけられて、全身に鈍い痛みが走った。
「……ぐ……っ……」
口中に広がる苦い味と、血の味。一瞬早く発動したスカラの呪文のおかげで、私は一命をとりとめたようだ。
でも……もう。動かない。この、指、一本すらも。

ソロさんと姫様、派手な鎧の男がキングレオを執拗に攻撃する。
肩で息をしながら、マーニャさんが炎の魔法を詠唱し続ける。

そんな攻撃などまるで効かないかのように、キングレオは振り向きすらしない。
──ぐったりとした私の身体を、キングレオが掴み上げる……。

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