◆腕輪-3-◆

「……!」
「……!」
「……!」
「……!」

ああ。私を呼ぶ声がする。
はっきりとは判らないけれど、これは、私を呼ぶ声だ。

「クリフトお!」

ひときわ大きな姫様の声。
その声に、はっと意識を取り戻す──。

目の前に見えていたのは、再び、キングレオの恐ろしい牙──。

「あ……」



嫌だ。
死にたくない。
こんなところで、こんな情け無い姿で。
死にたいなんて、本当は、これっぽっちも思っていなかったんだ。



「があああああァァァァああああああァァァァアアア!」

耳を劈く、キングレオの歓喜の声。
その声と共に、私の身体が……。



「──!」



ぐしゃっ、と嫌な音が身体の中から聞こえた。
同時に、味わったことの無い、鈍いのに鋭い痛みが、身体中を駆け巡る。
「ああああああああああああああああっ!」

キングレオの牙が、私の身体を貫いた──。



嘘だ。
目の前に広がる、こんな惨劇は、嘘だ。
夢に決まってる。私はまだ、あの病から抜け出せずに、悪夢の続きを見ているだけなんだ。
それなのに……。
生々しい血の感触。私の身体を貫く鋭い牙。
身体が真っ二つに引き裂かれるような、強烈な痛み。
まるで、現実のように、はっきりと見えて感じて……。

可笑しい。
ありえない、こんなことは。
だって……どんな物語でも、危機は勇者によって救われていたじゃないか……。
私は腕輪の呪いのために、死ぬことだってできないはずじゃないか……。

身体から力が抜けていく。
頭の中が真っ白だ。
私は……何のために生まれてきたんだ。



「……?」
噛み砕かれるはずの私の身体。それなのに、キングレオはぴくりとも動かない。
そのまま、ゆっくりと、その大きな身体が崩れていく──。

崩れた肉塊はさらさらと音を立てて砂のように細かくなる。
床に落ちる私の身体を、派手な鎧の男がしっかりと抱え込んだ。

「神官殿。神官殿!」
私の周りに、皆が集まる。
ああ……勝った……のか……?

「──ああああぁああっ──!」
とたんに、私の身体に激痛が走る。
びくびくと、意思に反して身体が跳ねる。
喉の奥から、血が溢れてくる──。

「クリフト! クリフトお!」
誰の声だ。もう判らない。
ソロさんとミネアさんが必死に治癒呪文を唱える。
でも、そんなものは気休めにしかならない。

痛い痛い痛い。痛いなんて言葉じゃ言い表せないほどに。
身体が冷たい。寒気なんかじゃない。身体が氷のように冷たく感じる。

怖い。
死ぬんだ。私は。
今まで何度となく死ぬかもしれないと思ってきたけれど、こんなにも強く感じたことは無かった……。

死ぬのがこんなにも恐ろしく、苦しいものだったなんて。
清く散ってしまいたいなんて望んでいた私は浅はかだった。
嫌だ。死にたくない。助けて。私は、まだ、生きていたい。
生きていたって、苦しみばかりだと判っているのに、それでも、生きていたい。

そうだ。いつだって、そうだった。死にたい、そんな言葉を口にする者ほど、本当は生きていたいんだ。



サントハイムで暮らし始めて三年ほどが経ったとき、あのときだって。
私と同じ頃に神官学校へ編入した、両親を火事で失った、酷い火傷の少年がいた。
それでもいつもにこにことしていて、苦しみなんて微塵も見せていなかった。
笑顔で、おやすみなさい、と言って部屋へ入った少年は、翌朝、首を吊った姿で発見された。

おとうさんとおかあさんにあいたい

そんな手紙を残して……。



「ああああああぁぁぁぁああっ!」
苦しい……怖い……悔しい……痛い……悲しい……!
どうして……どうして……。
蘇ってくる今までの生きてきた道は、辛く悲しい出来事ばかり。
それなのに、私はまだ生きていたいと願っているんだ……。

思わず、私は腕を伸ばす。
「姫様……っ……」
馬鹿だ、私は。あのとき、姫様ときちんと話をしておくべきだったんだ。



必死に伸ばした腕は、姫様の元へは届かなかった──。

腕輪-2-へ<<

短編TOPへ<<
長編TOPへ<<