◆大切な人-3-◆

朝食の後に、ソロさんがキングレオの元へ向かう作戦を立てる。
仇討ちの延長上にあるマーニャさんとミネアさんを連れ、ソロさんと姫様の四人で向かう、と。
「ブライ、クリフト。二人は近くに隠れていてくれ。状況に応じて参戦してもらう」
ブライ様が大きく頷く。姫様をそんな危険な元へ連れて行くというのに、何故反対すらしないのだろうか?
「トルネコ。もし、俺たちがダメそうだったら、助けを呼んできてくれ」
「判りました」

その後も作戦会議は続く。
私はただぼんやりと聞いているだけで、ちっとも頭に入らない。

「……明日、朝に発とう。今日は……思い残すことが無いように過ごしてくれ」
一瞬言葉に詰まったソロさんが、低い声で言う。
マーニャさんやミネアさんも言っていた。キングレオは、強いと。
……デスピサロは、もっと、強いのだろうか……?



思い残すことが、無いように……。
私はぼんやりと歩いて、教会に向かった。

港町はキングレオの悪政で、すっかり荒れてしまったという。
海に出られない男たちが、街中で夜中まで大騒ぎ。
一時期は神に縋った者たちも、最近は祈ることすら忘れてしまった。
神様なんて、何もしてくれない、と。
それは、テンペでの出来事と同じ……。

テンペ……。
そうだ。私はあのとき、姫様を抱きしめた……。
人を好きになれば、変わると言われた。
確かに、私は、変わりました。
人を憎み、妬み、恨むことを知りました。
それが醜い感情であると共に、私を確かに一歩ずつ前へ進め、生きて行く糧であるということに気づいて……。

大切な人を独り占めしたいという気持ち。
でも、どうにかなりたい訳でも無く、でも誰にも渡したくは無い。
でも、幸せでいて欲しくて……。
でも、その笑顔は私に向けていただきたくて……。

私は、祈る。
その存在すら危うい神というものに。
私は、祈る。
生まれたときから、神に見放されていた私が、神官という道に進むなんて……。



「……」



──えっ?
──今、何かの声が、聞こえた……。



気づけば、空が茜色に染まる。
思い残したこと、それは姫様との確執。
ミネアさんの忠告通り、きちんと話をしよう。
それが、私の心にとどめを刺すような答えであれば、私は、キングレオと刺し違えてでも……。

決心がつかず、真っ直ぐ宿に向かうことが出来ない。
街中をうろうろとして、小さな道具屋に立ち寄った。
無骨な道具類に混じって、ところどころに美しい装飾品。

小さな花びらを模った、可愛らしいネックレスが目についた。
桜色をしたその飾りは小さく揺れて、春風に舞う花びらそのものに見えた。
「……そうだ」
これを、姫様に。それから話を始めよう。先ずは何気なく、軽い話から……。
女主人に代金を支払って、私は店の外に出た。



今度は少し急ぎ足で宿に向かうと、姫様の後姿が見えた。
ソロさんの姿は見えない。ご一緒なのはミネアさんとマーニャさんのようだ。
……今しか、無い。
「姫様!」
私の声に、姫様の肩がぴくっと動いた。ミネアさんとマーニャさんが笑顔で振り返る。
でも……姫様は、振り向かなかった。

「姫様。少しお時間よろしいでしょうか。お話ししたいことがありまして」
出来るだけ、私は軽く姫様に話しかける。重苦しい話では無く、ただこの贈り物を渡したいだけで。そんな気持ちで。
でも……。



「……ごめん。ソロとこれから約束があるんだ」



姫様の答えは、残酷なものだった。



「……そんなに、お時間は取らせません。少しだけで」
「ごめんね。待たせてるんだ」
姫様は急ぎ足でこの場から立ち去ろうとする。思わず私は声を荒立てる。
「姫様! 少しだけ、少しだけお願いします、明日はキングレオと……」
「……ごめんね!」

私の言葉を遮って、姫様は走り去る。
そんな。明日は生死を賭けた闘いだというのに。
思い残すことが無いようにと言われているのに。
もう二度と話が出来ないかもしれないというのに。
それでも。それでも、私と話すらもしたくないんだ……。
長く一緒に居た私などより、ほんの僅か一緒にいただけのソロさんの方が大切なんだ……。

終わった。
私はまた、見捨てられて、置き去りにされて、ひとりきりで立ち尽くすだけなんだ……。

「……」
ミネアさんとマーニャさんが複雑な表情で、私を見つめる。
何か言いたげな、でも何と言って良いのか判らない表情で……。



冷たい風が、私の身体を舐めていく。
それは終焉を迎えた私の愛を嘲笑うかのように、ぴゅうと音を立てた。

あのときと、同じ、冬……。

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