◆非情な伝説-2-◆

「……俺は、ソロ……」
「あ……クリフトです。サントハイムで……」
「アリーナから聞いたよ、お前のことは」
姫様を軽々しく呼び捨てにすることに、私は嫌悪感を覚えた。そんな表情を勇者さま……ソロさんは見逃さ
なかったようだ。
「俺たちが、お前を助けてやったんだぜ」
「……あ……ありがとうございます……」
「姫の側近でありながら、真っ先にぶっ倒れて、姫にひとりで薬を取りに行かせるなんて、前代未聞だな」

そうだ──少しずつ、記憶が蘇ってくる。
姫様の前で倒れて──毛布を掛けられて──それから、それから……?

「姫様が、おひとりで」
「ああ、びっくりしたぜ、あのじいさんから話を聞いて。お前の病気を治すためなら、って言って、後先考えずに街を飛び出したんだよと」
ソロさんは広場の椅子に腰を下ろした。
「……教えていただけませんか。私が意識を失っている間に、何があったのかを」
私も、意識を失っていた間のことを知りたくて、ソロさんの隣に腰を下ろす。



「別に俺たちはお前を助けるつもりは無かったんだ。助けたかったのは──アリーナ、だ」
「……」
当然のことなのに、少し寂しさを感じて……私は服を握り締めた。

「アリーナが向かったっていう洞窟に行ったら──アリーナが悔しそうな顔をして、蹲ってた」
「えっ」
「足元の岩が崩れて、落ちたときに足を捻挫したんだと。ひどい怪我だった。歩けないほどの……」
姫様が、私のせいで。パデキアというのは、それほどまでに危険なところにあったのか。
「ミネアが治癒呪文を唱えて、なんとか歩けるようになったんだ。後は俺たちに任せて、宿に戻れって言ったんだけどな……」
ソロさんは険しい表情で私を見つめる。その鋭い視線はあまりに怖く、思わず目を逸らした。
「嫌だ嫌だ、自分がクリフトを助けるんだ……そう言ってひとりで奥に向かおうとしたから」
逸らした私の目線を追って、ソロさんは鋭い視線を向け続ける。

「俺は、アリーナを引っ叩いた」
「……!」

「帰れ、足手纏いだ、ってな。今置かれている状況も、自分の力も判らない奴は、必要無い」
その声。まるで、私に向かって言っているような──。
「……じいさんに後でこっぴどく怒られたけどな」
ソロさんは小さく鼻で笑う。もし、私がその場にいたら……私も文句を言うだろう。

「俺たちがパデキアを手に入れて、戻ってきたとき……」
一瞬、ほんの一瞬だったが、ソロさんは言葉に詰まった。
「アリーナは、お前の枕元で、呆然とお前を見下ろしてた。身体中に傷を負ったまま、な」
「……」
「……あれは、悲しいとか、悔しいとかそんなんじゃねえ……」
まるで自分のことを話しているかのように、ソロさんは頭を抱えて話し続ける。



 あたし、パデキアを持って帰ることが出来なかった。
 クリフトが死んじゃう。死んじゃう……。
 あたしには何も出来ない。
 クリフトはあたしのために、あんなに頑張ってくれたのに。
 あたしは、クリフトに、何もしてあげられなかった……。
 クリフトが死んじゃったらどうしよう……。
 あたしひとりの力なんて、こんなちっぽけなものだったんだ……。



姫様は、私の枕元に立ち、ずっとそんなことを考えていたのだという。
「……俺を、見てるみたいだった……」
「え?」
「いや、何でもない」
ソロさんはようやく顔を上げた。寂しげな表情をしたまま。

「ひとつ、お前に言っておきたいことがある」
最初に見た、強い意志を秘めた表情。その表情に戻ったソロさんは、視線を私に向ける。

「お前は、ここに残れ」

「え……」
突然の言葉。私は、返事に詰まる。
「アリーナとじいさんは、俺たちと一緒に行くことを決めた。だけど、俺はお前を連れていくつもりは無い」
──どうして。姫様とブライ様は、私より、ソロさんを選んだというのだろうか?

「言っただろ。自分の力も判らないような奴は、足手纏いだ。守るべき主君がいるってのに、だらしなく病気になんてなりやがって。俺がいなかったら、アリーナはどうなってた。パデキアも持って帰れず、お前もあの世行きだ。俺はもう、力不足で誰かが死ぬのは耐えられない。お前じゃアリーナを守れない。だから、俺はお前を連れていくつもりは無い」

「……そんな……」
ソロさんの言葉に、私の心の中の醜い感情が姿を見せる──。
心の茨が、ちくりと、突き刺さるのを感じた──。
「……あなたに、何が判るのですか。私は、私は必死だったんです。私がしっかりしなければいけないって、頑張ったんです。私は、私は」
──そうだ。私が病に倒れたのは、少し無理をしてしまったから。それは姫様をお守りするために頑張った結果。ブライ様に心配をかけないようしっかりしようと頑張った結果。ほんの今しがた会ったばかりの人に、何が判るものか。女性を、姫様を引っ叩くような乱暴者に。私がどれだけ必死だったのかは──。
もっと、言いたいことはあった。それなのに、心の茨が邪魔をして、言葉が、出ない……。

「そんなことはどうでもいい。お前はアリーナを守れなかった。俺はアリーナを救った」

「あ……」
言い返せない。それは確かに、事実。全身の力が、抜ける。
「自分の力も判らねえで、無理をして、ぶっ倒れた。それがお前の間違った判断の結果だ」
「……」
「故郷も、家族も、大切な人も、失って、守れなくて。俺とアリーナは同じだ」
──何も言えない。ソロさんにしてみれば、結果だけが全て。過程などどうでもいいんだ──。



「俺がアリーナを守る」



力強いその言葉。胸に突き刺さる言葉。
──私には決して言えない言葉。
その言葉を、ソロさんは躊躇いなく、迷いなく、自信を持って言えるんだ──。



──悔しい。



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