◆非情な伝説-1-◆

──長い長い悪夢から目を覚ますと、見たことの無い人々が私を取り囲んでいた。

「どう?」
強い化粧の香りがして、私の目の前に肌を露わにした女性が身を乗り出す。
「……」
こんなに近くに女性の、それもこのような淫らな格好をした姿があるというのに、私はそれを払いのけることも
目をそらすこともできず、ぼんやりとその姿を眺めていた。

「まだ、ダメみたいねー」
「姉さん、そんなにすぐに良くなるはずはありませんよ」
「そうですよ。マーニャさんみたいにみんながみんな元気の塊ではないでしょう?」
そう言って笑ったのは、太めの男性──。
そして、あれ……?
同じ姿が、ふたつ。
目が、おかしくなっているのか……。
いや、服装は全く異なって……。

私の頭は、まだはっきりと意識を取り戻していないようだ……。
「ひめさま……」
ベッドに横たわったまま、私の口から、無意識に愛しい人を呼ぶ声が漏れる。

「……情けねえ、な……」
聞いたことの無い男の声がした。
同時に、乱暴な足音を立てて、その声の主は部屋を出ていったようだ。

今の声は、私に向けられたものなのだろうか。
……何だか、自嘲気味に聞こえたような気がする。

「クリフト。パデキアを飲んだからといってすぐには動けんじゃろ。しばらくミントスに留まって、お主の回復を
待とう」
聞き覚えのある声がした。
そうだ、ブライ様のお声だ……。
パデキアとは……? ミントス……? 私たちは、コナンベリーに向かって……?
──訳が、判らない……。頭がぼんやりとする。
「……はい……申し訳ありません……」
私は再び、重い瞼を閉じた。
私が目を覚ましていた短い間に、私が呼んだ愛しい人の声が聞こえることは無かった。



ふと目を覚ましたとき、辺りは暗くなっていた。
だいぶ軽くなった身体を起こし、まだぼうっする頭を軽く振った。
隣のベッドでは、ブライ様が小さく鼾を掻いている。
起こさないよう、私はそっと立ち上がると、外の空気を吸いに部屋を出た。

あの方たちは、誰だったのだろうか。
同じ顔をした二人の女性と、声しか聞こえなかったが、どうやら私と同じ年頃と思われる男性。
恰幅の良い、中年と思われる男性。

そして、姫様は、どこに……。

「クリフト〜」
私を呼ぶ女性の声に、はっとして振り返る。
そこには、私が目を覚ましたときに、最初に目にした女性……目のやり場に困る女性がニコニコしながら
立っていた。
「もう、大丈夫? あなたの大事なお姫様が心配してたわよ」
「え……姫様は、どちらに」
「ソロと一緒に外に出て行ったけど、いいの〜? こんな時間にお姫様と若い男を二人きりにさせて……」
聞いた事の無い名前だ。私は少し考えた。

「あ、ソロってね、伝説の勇者さま。ふふふっ」

勇者……?
まだぼんやりとしている頭に、いろいろな出来事が押し寄せてきて、思考の許容範囲を超えてしまう。

「まあ、詳しいことは後で話すからさ。行ってあげな、お姫様のところ。あんた、あんないい恋人がいて、
幸せ者ね」
「ちちちち違います。私と姫様はそんな関係ではありません!」

この方は何を勘違いされているのだろうか。
私は必死になって頭を横に振る。
振りすぎて思わず頭がクラクラとなる。
「え〜? ふぅん……」
女性はクスクスと笑いながら、私の顔をじっと見る。
私は赤い顔を見られないように、顔をそむけた。
「ま、いいよ。早く行ってあげな、お姫様落ち込んでたから。ソロに取られちゃうよ?」
私をからかうように笑い、その女性は部屋へ戻っていった。



外は、満天の星空だった。
何が起こったのだろうか。確かコナンベリーへ向かう船に乗っていたはずなのに──。
冷たい夜風が、私の頬を撫でていく。

宿から出てすぐの広場に、姫様の姿が見えた。
一緒にいるのは、おそらく先ほど女性が話してくれた、伝説の勇者さま、なのだろう。

「あ……」



姫様の肩が震えている。
──姫様が、泣いている──?

伝説の勇者さまが、姫様の身体をすっと抱き寄せた。



呆然とその状況を見つめる私の姿に、勇者さまが気づいたようだ。何かを姫様に話しかけると、姫様は一瞬
私の方を向き、勇者さまから身体を離す。

そのまま、私の横を走り抜け、宿へ戻ってしまった。

「姫様……」
「待てよ」

姫様を追って行こうとした私を、勇者さまが呼び止める。
歳は私とそれほど変わらないだろうか。見たことの無い美しい髪と瞳の色。
強い意志を秘めた整った顔立ちに、私は目を奪われる。

何故かその姿に、デスピサロの姿が重なったように感じた。
そして──じわりと首の痣が痛んだ後、蠢くようにその痣が消えていくのを感じた。



>>非情な伝説-2-へ

短編TOPへ<<
長編TOPへ<<