◆消えた影を追って-2-◆

姫様を宿のベッドに横たえると、私はすぐに宿を後にした。
時間が、惜しい。少しでも早く、少しでも多くの情報が欲しい。ただ時間だけが過ぎていくことが、どれだけ無駄であることなのかが判っているから──。

教会に顔を出すと、僅かな人数の神官とシスターの姿があった。私の姿を見つけると、皆が安堵したように駆け寄ってくる。
「クリフトさん、ご無事でしたか」
「城で、何があったのでしょうか……」
「……それは、私が聞きたいことです。一体何が……」

その日、王様の招集により、神官長と多くの神官、そして兵士たちが城の聖堂に集まっていたという。そこにはネビンズさんの姿も──。陽が落ちても城から戻る者が無く、不審に思った数人が城に向かったときには──城からは既に、人の姿は消えていた──。
「神官長も王様も、何かに気づいていたようです。何か生臭い空気を感じると」
「あなたたちは、感じていますか」
「……いいえ」
ここに残る神官は、まだ学校を卒業したての者ばかりだ。集められた神官の多くは、この空気を感じていた者たちなのだろう。より神に近しく、神の声を聞くことができる高位の神官たち──。
何故、私がこの空気を感じているのだろうか……?

「クリフトさん。私たちはどうしたらいいのでしょうか」
「とにかく落ち着いてください。街の人々も動揺しています。こういうときは神に祈る人々が増えるでしょう。
幸い、姫様とブライ様はご無事です。お二人がきっと皆を救ってくださいます。お二人の無事を神に祈ってください……」
神官となって間もない皆は、まだ未熟な私を頼りにしているのか。私が……しっかりしなくては。
「少し奥の書庫で調べ物をしています」
残された神官、シスターのひとりひとりの手をしっかりと握ると、私は教会の奥へ向かった。



時間を忘れて、私は書物を読み漁った。何か、人々が消えるということで手がかりはないものか、と。
書庫には窓も無く、どれほどの時が過ぎていったのかも判らない。時にふと睡魔が襲ってくるものの、それを振り払い、シスターが差し入れる食事にも手をつけず、ただひたすらに文字を追う。
あの悲痛な姫様の叫びと、表情が頭から離れなくて──。
「デスピサロ……」
疲れが限界に達し、私は床に腰を下ろした。こんな私の情けない必死な姿を見て、奴は笑っているのだろう。悔しくて堪らない。これほどまでに誰かを、何かを憎んだことが今までにあっただろうか。
神官たちも私を頼りにしている。姫様のためにも、ブライ様のためにも、私がしっかりしなくては。もう一度立ち上がり、書物に目を通す。



「……!」
どれほどの時間が過ぎただろうか。私はひとつ──気になる出来事を、見つけた。



「バトランド……?」
宿に戻り、ブライ様にこの出来事の詳細を申し上げた。姫様はベッドに腰掛けたまま、ぼんやりとしている。
「はい。十年ほど前に、バトランドのイムルという村で、子どもが次々と姿を消す出来事があったそうです。何か関係があるかは判りませんが……」
私は机の上に、地図を広げて、イムルの場所を指す。
「ここがイムルです。陸路からは山が険しく進むのは困難ですが……」
次に大きな街を指す。
「コナンベリーという大きな港町です。ここでは個人で船を持つ人々が多くいます。ここからずっと下っていけば──イムルの近くに到着します。コナンベリーで船を借りて、イムルに向かいましょう」
「しかし、どうやってコナンベリーまで……?」
そして私が指した場所……それは。
「エンドールです。エンドールから、ミントス経由でコナンベリーに定期船が出ています。急げば次の定期船に間に合います。迷っている暇はありません。すぐに参りましょう」
私は地図を畳むと、荷物に押し込む。しっかりするんだ、と自分に言い聞かせながら……。

「……しかし、それは本当にこの出来事と関係があるのか?」
「判りません」
今すぐにでも旅立とうとする私と異なり、ブライ様も姫様も、立ち上がろうともしない。
「……お前らしくもないな、クリフト……」
ブライ様の言葉は、低く、小さく。それでも、しっかりと私の逸る心を止めさせる。
「ただ子どもが消えたということだけで、そんなに遠くまで行くというのか? 心のよりどころを無くした人々を置き去りにして。無人となった城に、他所の国が攻めてくるかもしれんというのに」
「しかし……」
「落ち着け、クリフト。もっと時間をかけて、しっかり調べるんだ。意外に近くに答えがあるのかもしれん」
私は荷物の紐を握り締めたままの手に、力を籠める。時間が、無い。
──あのとき追っていれば、間に合ったかもしれないのに──。
私の後悔と、今の状況が重なる。
一度目を伏せると、再び、ブライ様を見つめた。

「では、私が参ります。姫様とブライ様は、ここでお待ちください」

深く一礼すると、お二人に背を向けた──。

「……待って、クリフト」
ずっと黙っていた姫様が、小さく、呟いた。
「……あたしも、行く。じっと待ってるだけじゃ、ダメなんだと思う」
そのお顔から、悲しみは消えていた。姫としての自覚と責任感。そのような強さを感じる──。
「しかし姫様」
「ブライはここにいてくれて構わない。あたしはクリフトと一緒に行く」
「なりません。姫様、クリフトとて男です。姫様と二人だけで旅などとんでもない!」

あっ。
そ、そうか……このままでは、姫様と二人きりで……。思わず顔が赤くなる。

「わしも参ります。仕方ない……」
「いいよ、ブライは残ってて」
「なりません!」

いつもどおりの、喧騒。何だか、少し安心してしまう。それが不謹慎なものであることが判っていても。



私がしっかりしなければ。私がお二人を守らなければ。
何より悲しんでいるお二人はどれだけ不安を抱えているのか。
私が、しっかりしなければ……。


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