◆消えた影を追って-1-◆

「ネビンズさんが……?」
テンペに着いた私たちを待っていたのは、信じがたい言葉。
ネビンズさんが城に向かったまま、戻らないという。

「何度か城に戻ることはあったんだ。でも、2、3日で戻ってたのに……」
「足が悪いだろ。山道で何かあったんじゃないかと……」
「最近、化け物の数が増えてるし、もしかして……」
村の人々が口々にネビンズさんを心配する。主のいない教会は、村人たちによって絶やすことなく火が
灯され、祭壇は美しく保たれていた。以前のような惨状はその面影すら見えない。
「まったく、あやつは神官になってまでも心配ばかりかけおって……」
しかし、その言葉とは裏腹に、ブライ様のお顔はネビンズさんを心から心配しているものだ。

三人で、その祭壇へ祈りを捧げる。
何かが狂い始めているこの世界の秩序をお守りください、と……。



翌朝は早くテンペを発った。村人は心配そうに私たちを見送る。
胸騒ぎがする。エンドールでふと聞こえたようなデスピサロの声。生きたまま苦しめるという言葉。いつまでも消えない生臭い空気と、首の痣。少しずつ、しかし確実に増え続け力を増す魔物。全てが、少しずつ狂い始めたこの世界を表しているかのようで……。
ふと、空を見上げる。
この空のどこかにある、天空の城。
その城からは、この地上はどう見えているのだろうか……?



休みなく山道を歩き続け、遂に遠くにサントハイムの城が、見えた。
「……?」
「どうした、クリフト?」
「……いえ、何でもありません」
何だろうか、ふと、城の周りが黒い靄で包まれているように見えた。目を擦ってみれば、いつも通りの城だった……気のせい、だろうか? 首の痣がじわりと熱を帯びた。
姫様が城に向かって走り出す。私とブライ様もその後に続く。

城門の前に、いつもいるはずの兵士の姿が無い。城はしんと静まり返って、不気味さを感じさせた。
「お父様……」
姫様が小さく、不安そうな声を立てた。少しそのお身体は震えているように見えて……。その震えた腕で、重い扉を押し開ける。ぎい、という音を立てて開いたその扉の向こうには、変わらぬ城内の風景。

「……」
「……」
「……」

──静寂。
──ただ、ひたすらに。

姫様が一歩、城内へ足を踏み入れる。その足音が遠く、深く、城内に響き渡った。
生臭い空気。澱む空気。じゅっと熱を帯びる、首の痣。思わず、息を呑む。
「何事だ……」
小さく呟いたブライ様の声も、城内に空しくこだました。



誰も、いない。



姫様が走り出す。
「……誰か……」
狂ったように、何かに憑かれたかのように、城内の扉という扉を開けてまわる。
「誰か、いないの……」
階段を駆け上がり、向かった先は──玉座。

「ねえ、答えてよ! 誰か! 誰か、いないの!? ねえ、誰でもいいから──!」

姫様の悲痛な叫びが、私の胸に突き刺さる。振り向いた姫様の表情は、恐怖、怯え、悲しみ──何と表現したら良いのか全く判らない、あまりに悲痛な表情。
「クリフト。クリフト。ねえ、クリフト……! クリフト、クリフト、クリフト……!」
「姫様。私は、ここにいます。私は……」
姫様は私の存在を確かめるかのように、私の胸に倒れこみ、背に回した腕に力を籠める。その腕は、身体は震え、これほどまでに姫様は小さかっただろうか、と錯覚させる。

「何が、何が起きた」
ブライ様も呆然と、主のいない玉座を眺めた。ブライ様の方を向いたとき、姫様のお身体から、ふと重みを感じた。どうやら──気を失ってしまったようだ。失礼とは思いながらも──そのままお身体を抱え上げる。姫様のお身体はそのとき、羽根のように軽く感じた──。腕力の無い私でも、女性を軽く抱え上げられるなんて……いつの間にか私も、気づかぬ間に私も……ひとりの、男になっていたのだ──と感じる。

目線を落とせば、悲痛な表情のまま目を閉じた姫様のお顔。長い睫毛が私の呼吸で揺れ動く。

「……判りません……。しかし、死の気配は感じません……」
ふと、デスピサロの笑い声が聞こえた気がした。思わず辺りを見回し、あの妖艶な姿を探す。

もしかすると……これは、デスピサロの仕業か。
血に塗れ死を目の当たりにして嘆き悲しむ私たちの姿より、消えた姿を探し求めて足掻く必死な私たちの姿を遠くから眺めて、あの冷たい嘲笑を浮かべているのではないだろうか──。

「サランへ向かおう。何か知っている者がいるかもしれん」
ブライ様のお言葉に、私は小さく頷く。デスピサロが私たちを嘲笑おうとも、私たちは足掻かなければならないんだ。



消えた影を追って、少しの希望に縋って──。



それがどれだけつらく苦しく、そして無駄なものであることが──私には痛いほど判っているのに。


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