◆消えた影を追って-3-◆

もうすっかり野宿にも慣れた私たちは、いまひとたび、エンドールへ向かう。
そういえば、私はもうどれだけ寝ていないのだろうか。気力だけが、私の身体を奮い立たせる。しっかりしなければ、ただそれだけで。
「クリフト、少し休んだらどうだ」
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます。船に乗りましたら休ませていただきます」
そう、あと少し。船に乗ればあとはただ到着を待つのみ。少し身体は重いものの、そこまで頑張ろう。



もうすぐ出発するというところで、私たちは定期船に間に合った。本来なら王様にご挨拶をしてから出発すべきなのだろうけれど……。
甲板に足を踏み入れた私は、足元の揺れに意識が揺らぎ、その場に倒れこんだ。
「あはは。なにやってるのクリフト!」
姫様はそんな間抜けな私の姿を見て、笑い声を立てた。姫様が笑顔を見せてくださることは本当に嬉しい。もうあんな悲しいお顔は見たくないから……。
「はあ。申し訳ありません……慣れないもので……」
何だったのだろうか、ふと遠くなった意識は──。
足に力を籠めて立ち上がる。波に揺れる船は、私の頭までくらくらと揺らしていく。



帆が張られ、風を受け、船が出港する。
──船はさまざまな思いを乗せて走り出す。
船旅は楽しいものだと思っていたのに、こんな切ない旅立ちになろうとは。

船室に荷物を置いて、少しの休息の後、私は甲板に出た。
外は満天の星空。
最後尾から、ずっと遠くに見えなくなった陸地をぼんやりと眺める。冷たい風が心地よい。
張りつめていた緊張が、だんだんと解されていく。
「はあ……」
ひとつ、大きなため息。
これから、どうなるのだろうか。私の勝手でこんな旅に出て、イムルで何の情報も得られなかったらどうしよう。消えた人々を追いかけるより、デスピサロの行方を追ったほうが良かったのではないだろうか。私たちだけで、何ができるのだろうか。思いは巡る──。



船旅は三日目を迎えた。
少し船酔いしたのか、気分が悪い。船室で横になりながら、イムルでの出来事を記した書物を読みかえす。
──頭に入らない。文字を追うと、吐き気がする。私は書物を閉じた。
「クリフト、いる?」
姫様の声だ。思わず私は飛び起きて、着衣を整える。
「は、はい」
ブライ様の姿は、無かった。
「おひとりですか」
「うん」
姫様はベッドに腰掛ける。私はそのまま呆然と立ち尽くしていたが、姫様が隣をぽんぽんと叩いて、座るように促す。そのまま、私は姫様の隣に腰を下ろした。

「……ごめんね」
「はっ?」
思ってもみなかった言葉に、私の声が裏返る。何か姫様が謝るようなことが、あっただろうか?
──いや、ありすぎるといえばありすぎる気もするけれど──。
「クリフトは、いなくならないよね?」
「……」
消えはしない。けれど……はい、と即答はできなかった。ブライ様に言われた言葉を思い出して……。
「あたし……なんだろう、わかんない。……でも」
姫様の右手が、ベッドに腰掛ける私の腿のあたりに置かれる。その感触が全身を駆け巡り、鳥肌を立てた。
そのまま、姫様は私の方へ身体を向けて、じっと、私の顔を見つめていた……。
「クリフトは、あたしだけのクリフトだと思ってたから……」

──判らない。何の話だ。姫様の表情は嫌に艶かしい。普段の奔放な印象からは程遠く──。

「ひ……姫様。申し訳ありません。何のお話でしょうか……」
「……」
姫様は答えない。少し身体を動かせば唇が触れ合いそうな距離で、艶を含んだ姫様の瞳が、私の顔をただじっと見つめていた。私たちが腰掛けているのは──夜具、だ。

まずい。こんなところをブライ様に見られでもしたら。私は思い切ってベッドから立ち上がった。
──その拍子。
私の身体が、ぐらりと揺れて、足の力が抜ける。
目の前に板張りの床が見えた。

「──クリフト!」

姫様の声が、遠くに響いた。立ち上がろうと、身体に力を籠める。
──思うように身体が動かない。
「大丈夫です……大丈夫……」
私の震える唇が、大丈夫、大丈夫、とただ繰り返した。
全身に悪寒が走る。
しっかりしろ、私の身体よ──。動け、動け──。
ほんの今しがたまで、動いていたはずなのに──。
今はこの指先ひとつ、まともに動かすこともできない。

「クリフト! しっかりして! クリフト、クリフト!」

姫様の悲痛な叫び。嫌だ、こんなお声は聞きたくない──。

揺れ動く意識は船の揺れなのか、私の身体なのか。もう、判らない──。
寒い。寒い。寒くて身体の震えが止まらない。無意識のうちに寒いと呟いていたのか、姫様が私の身体に毛布をかけた。
それでも寒い。寒い。寒い──。

寒い──。



「……お母さん……寒い……」



それは雪の降る日。
私の中から消えることの無い、忘れることのできない、深い深い記憶──。


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