◆美しき、悪-5-◆

すっきりと晴れ渡った空は、どこまでも続く。
早足で季節は駆け抜け、空気はだんだんと鋭さを増してきた。

冬が今年もやってくるのだろう。
つい最近まで、まだまだ穏やかな気候だったというのに……。

秋は好きだ。
木々も色づき、穏やかな空気が辺りを包む。実りも多く、収穫の喜びが人々を包む。春のような狂い咲く色とりどりの花も、夏のような強い日差しも無く、いつのまにかやって来て、気づいた頃には既に冬が巡ってくる。
そんな秋が好きだ。
──冬なんて、やってこなければいいんだ。そう思い続けて何年経っただろうか。

私とブライ様は、姫様の修行の共として、城の周辺で化け物相手に闘いを続ける。闘っているときの姫様は本当に美しい。しなやかな肉体が編み出す技の数々。真剣な眼差し。喜びに溢れた表情。全てが、輝いて見える。
武術大会、ということで気になるのは──テンペの村とフレノールでの、あの魔物……カメレオンマンといったか。姫様は奴にとどめを刺せなかった。それは人の言葉を発し、人の姿をした者に対しての情けなのか、優しさなのか、躊躇いなのか。武術大会は、魔物との対峙とは異なり、殺し合いでは無い。しかし……姫様はどこまで、人間と本気で闘えるのだろうか。

例えば、そう──あの男が、私を殺めようとしたようなことが──。

「クリフト、後ろ!」
「えっ」

姫様の姿に見惚れていた私は、後ろから迫っていた骸骨剣士に思い切り殴られた。



「だからあれほど集中しろと言っていただろうが」
「……申し訳ありません……」
ブライ様が呆れたような、怒っているような声で私を叱咤する。自らに治癒呪文を唱えるものの、殴られた頭がズキズキと痛む。
──これで何度目だ。自らの失態で傷を負ったのは。情け無い。
「クリフト、なんだか最近変よ。どうしたの」
「ちょっと、疲れが出ているだけです。ご心配をおかけして申し訳ありません」
まさか姫様のご機嫌が悪かったからだとか、間もなく姫様との別れが来るからだとか、そんなことは言えない。ブライ様も心配そうに私を見つめる。姫様には、私がサントハイムから離れることを伝えてはいないのだろう。

「……嘘。あたし知ってるから……」
「えっ……」

存じ上げているのか、私がサントハイムから離れることを。思わず、姫様とブライ様の顔を交互に見つめる。しかしブライ様は慌てた様子で、小さく首を振るばかりだ。

「……メイさんのこと、でしょ」
「はっ!?」
思ってもみなかった言葉に、思わず声が裏返る。
「あたし、見ちゃったから……メイさんとクリフトが抱き合っ……」
「ぬわーーーーーーーっ!!!」
今まで出したことの無いような大きな声、意味不明な言葉で私は姫様の言葉を遮る。まさかまさか。見られていたというのか、あのとき。それを姫様は何か誤解しているのか。
「なななななな何を。誤解です姫様! 私とメイさんとは何もありません!」
「何も無いっていうなら、何でクリフトはあんな危ないことしたのよ! あたしやブライに黙って! あたしを放っておいてまで、クリフトはメイさんのために身体張ってあんな格好で戻ってきて……! あたしより大切な人なんでしょ。あたしみたいなお転婆より、クリフトが守ってあげたいと思った人なんでしょ。あたしのことは放っておいても大丈夫って思ってるんでしょ!」

……ちょ、ちょっと待て。何故姫様はこんなに怒っているんだ。確かに私は姫様の臣下だ。姫様を放って出かけたことは罰せられるべき行為ではあるけれど……放っておくといっても、ブライ様もご一緒で、街の中だ。それに姫様は私とブライ様がご一緒することを嫌がっていたはずだ。姫様がこれほど怒る理由が判らない。そうだ……姫様のご機嫌が悪かったのも、フレノールでの一件があってからだ。
「ひ、姫様。落ち着いてください」
「……もういい。なんでもない。……もう、いいよ……」
……深いため息と、悲しそうな表情。そしてどことなく、あのときと同じ、醜い表情。一体、姫様はどうされたというのだろう。私がメイさんのことを優先していると勘違いされているのだろうか。そのようなことは、絶対に無いというのに……。
「姫さ……」
「うるさい! もういいって言ってるでしょ!」
はぁ。せっかくご機嫌が直ったというのに、また……。ふとブライ様を見ると、ぎゅっと目を閉じて眉間に皺を寄せている。そして大きなため息……。目を開いたブライ様と視線が合う。
「……ブライ様。あの……」
「気にするな。もう……」
何か言葉を探していたブライ様は、結局相応しい言葉を見つけることができなかったようだ。



城下町に戻ると、コロシアムの前に人だかり。どうやら、明日の決勝戦の出場者が決まったようだ。
その中に確かにある、デスピサロという名前……。
トーナメントを辿ってみると、姫様と相対するのは、決勝戦になるのか。
ここまでに……あの男が負けてくれれば、などと願ってしまう。それほどまでに……私は、あの男と姫様を闘わせたくない。あの恐怖、あの威圧感。そしてこの空気の元凶……。
「絶対、負けない。モニカのために。あたしだって……」
そう言うと姫様は、表情を曇らせた。もしかすると、モニカ姫にご自身の姿を重ねているのだろうか。姫様もいずれは婿を迎える身となるはずだ。お相手はきっと……姫様ご自身の意思だけでは決められないだろうから……。
そんなことを思うと、胸がちくりと痛んだ。

「姫様。無茶は禁物ですぞ。旅立つ前に申し上げましたこと、覚えておりますか」
「判ってるわよ、ブライ。時には逃げることも必要なんでしょ」
先日と同じように、姫様はブライ様とはいつも通りに会話を交わされる。姫様があれほどまでに私のことで激昂されるとは思わなかった。もし、もしもそれが、私の身を案じてのことであれば……こんなことを思っては、その罪で神の咎があるかもしれないけれど……嬉しい。

でも──違うのだろう。姫様を守るために共をする、と、こちらから勝手についてきた旅だ。勝手についてきて勝手な行動を取る。しかも危険な行動を。そんな自分勝手な私に、愛想がつきたのではないだろうか。

姫様に一言、お伝えして行けばよかったのだろう。自ら招いた失態だ。
くだらない、ほんの少しの自尊心のために──失ったものは、大きすぎた。



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