◆美しき、悪-2-◆

「アリーナ姫、お久しぶりです」
初めてお目にかかるエンドール王は、この国に相応しく、屈強そうな王だ。
その横には、王とは異なり線の細い女性がひとり。
お名前は……モニカ姫だっただろうか、歳は姫様とそれほど変わらないようだ。
「こちらこそご無沙汰しております」
姫様とエンドール王は固い握手を交わされる。続いてブライ様とも。
「……こちらは……」
──またか。やはり私まで玉座にご一緒する必要は無かったのでは……。
「旅の共の神官でございます。お気遣い無く」
ブライ様の言葉に、エンドール王は小さく頷いて、椅子に戻られた。

居づらい。この国において奇異な神官という存在で、さらに身分の低い私がこんな場にいるなんて。周囲の目が私に向いているような気がしてならない。
「いや、アリーナ姫の特別な方かと思いましてな。お転婆なアリーナ姫にしては随分と物静かな方をお選びになられたものだと……」
な、何を。何というとんでもない勘違いをされているのだ、エンドール王は。
ちらりと姫様の方を見る。姫様はエンドール王のお言葉の真意を判りかねているようだ。
……安心したような、残念なような……。



「アリーナ。本当に来てくれたのね。嬉しい、ありがとう……」
「当たり前でしょ、モニカ。友達が困ってるのに放っておけないわ!」
モニカ姫と姫様が、言葉を交わす。姫様をエンドールへ呼び出したのは、モニカ姫……?

「王様。お言葉ですが」
いつに無く険しい表情で、姫様がエンドール王に言う。
「優勝者をモニカの夫にするなんて勝手なこと、許せません。あたしが優勝して、モニカを自由にします!」

「……はっ!?」
思わず、私とブライ様の声が重なる。

「いや……記念すべき十回目の大会に、何か盛り上げることが必要かと思ってな……。それに、モニカの夫となる者は強き者で無ければならない。モニカも年頃だ。ちょうどいいではないか、と……」
この王は、自分の娘を賭けの対象としているのか。……許せない、そんなことは。
「正直……後悔している。申し訳ない……」
「安心してください、王様。あたしが優勝します!」
自信満々の姫様に、希望の目を向けるモニカ姫。そうだ、女性が優勝者なら夫にはなり得ない。
ブライ様が頭を抱える。それはそうだ。私も……悩む。
でも。無理だろう。……姫様を止めることは。

「アリーナ姫、ブライ殿、宿はお取りになりましたか。まだであれば、是非城にお泊りください。モニカも喜ぶでしょう」
「ありがとうございます。あたしもモニカと話したいことがたくさんありますので、嬉しいです」
「……クリフト、ちょっといいか」
ブライ様が私の耳元で囁き、玉座の外へと向かう。王様に一礼し、ブライ様の後を追った。



「すまんな。お主はひとりで宿を取ってくれ」
「ええ、そのつもりです」
言われなくとも、当然だ。私がご一緒できる訳が無い。
「それから、な……」
ブライ様は何か言いづらそうに、顔を顰める。……ああ、処分の話だろうか……。
──しばらく考え込んだ後、意を決したかのようにブライ様は顔を上げる。

「大会が終わり、サントハイムに戻ったら……お主は、サントハイムからしばらく離れてもらう」

……え……。

「これは……王様の意向だ。判ってくれ。……いくらお主でも、年頃の男を姫様の傍にいつまでも置いておく訳にいかんのだ。今のように誤解されては、姫様の縁談にも支障が出る」

……胸がズキズキと痛む。唇を噛み締めていないと、涙が出そうなほどに……。
私の存在が邪魔なのかと思うと……また、信じていた人から捨てられるのかと思うと……。
だけど……。

「……判りました」

私は素直に言葉に従うことしか、できない。悲しくも、これが私の身に染み付く習性。
──言い返すことなんて。逆らうことなんて。……恐ろしくて、できない。

「……姫様の縁談がまとまったら、また戻ってきてくれ。サントハイムにはお主が必要だ……」
「……」

その言葉に答えることはせず、私は会釈をしてその場を離れた。
──姫様がご結婚される姿を目の当たりにして、私の弱い心が耐えられるとは思えない。
私が必要だ、という言葉すら、ただの社交辞令に聞こえる。……醜い感情だ。



城下町は明るく賑わう。
その賑わいから取り残された私は、耐え切れずに涙を流した。
──悔しくて。

ここに来て思い知らされる、身分の差。
屈強な男たちの姿に比べて、あまりに貧弱な自分の身体。
姫様にとって邪魔となった、私の存在。
必死で縋りついてきたのに、振りほどかれる私の腕──。

足早に街はずれまで向かう。
街の喧騒から離れ、木の陰に屈み込む。

「……くっ……」

──情けない。
──悔しい。
──この旅に出て、何度目だろうか、涙を流したのは。

はじめから判っていたことなのに……。
いつか、姫様とお別れする日が来ることを……。
──自分から、言いたかった。私は貴女の傍から離れますと。
笑顔を取り戻したその時に。ただ、感謝の気持ちだけを込めて……。
別れなどでは無く、旅立ちとして……。

小さな子どもの笑い声が聞こえる。その子の名を呼ぶ母親の声が聞こえる。
その幸せそうな声は、私の心を苦しめる。

思わず、耳を塞いだ。
人の幸せを、素直に喜ぶことができないなんて……醜い感情だ。

どうして私だけが、こんなに苦しまなければならないんだ。
どうして私だけが、誰からも愛されないんだ。
どうして私だけが、どこでも邪魔な存在なんだ……。

人を信じることが無ければ、裏切られることも無いのに。
人を愛することが無ければ、裏切られることも無いのに。
それでも私は、人から信頼されることを、愛されることを、願ってしまった。



これは、黄金の腕輪に触れた者への呪いなのか。
それとも──。

神よ。これが定められた私の運命なのでしょうか……?


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