◆月明かりの部屋-4-◆ 「……っ……」 ソロさんが、私の両肩を掴む。その温かく力強い掌が恐ろしくて、思わず目を閉じた。 「……落ち着けよ。お前は、俺なんかよりずっと利口なはずだろ。今は仲間割れなんてしてる場合じゃ ねえんだ。……全て終わったら、好きなだけ相手してやるよ……!」 ゆっくりと目を開いてみる。美しく透きとおる瞳に、私の姿が映っていた。 ──そのあまりに醜い姿。 裁きの呪文は、正しき者を裁いてはならない。 心地良い悪の囁きに流されること無く、正しき道を歩まなければならない……。 もし、正しき者を、裁いてしまえば……。 「……もう……ダメ……です……」 身体が、震える。あまりに自分勝手な思いだけで、裁きの呪文を使ってしまった。 自らの快楽のためだけに、賞賛を受けたいがために。耳の奥で、悪の心の笑い声が小さく聞こえる……。 「……私は、裁いてはならない人を裁きました。もう……人の道には、戻れません。私は……私は……!」 「……落ち着け、って言ってるだろ!」 ソロさんの大きな声。両肩を掴む掌に、ぐっと力が篭る。 「お前の呪文なんか、効いちゃいねえよ。俺は、生きてるだろうが。この馬鹿」 裁きの呪文が効かなかったことは、今までにも何度でもあった。 でも、あんな不思議な光によって、呪文が弾かれたことは、初めてだった。 きっと、それは、裁いてはならない者の証……。 「でも……」 「うるせえな。お前が何と言い訳しようと知らねえよ。俺は生きてるんだ、それでいいだろ」 「……」 少しずつ、身体の震えがおさまってくる。 月明かりに照らし出されるソロさんの凛とした姿が、悔しいほどに頼もしく見えた。 「……はい……」 小さな小さな声で、私は、ソロさんに答える。そんな私の声に、厳しかったソロさんの表情が、優しく、柔らかい笑顔となった。 「……よし」 そっと、ソロさんは私の肩から手を離す。そこに、じんわりと温もりが残っていた。 そのまま私に背を向けて、街に向かって歩き出す。 「なあ、クリフト」 少し進んだところで、ソロさんが足を止めた。 「……辛いのは、苦しいのは、お前だけじゃねえんだ」 ──それだけ言うと、ソロさんは走り出して、サランの街へ消えていった。 「……?」 ふと、気づく。 耳鳴りが……消えた。 そういえば……ソロさんと出会ったとき、デスピサロに付けられた首の痣が蠢くように消えていった。 それと……同じなのだろうか。 暗く湿っぽい部屋に戻った。 再びベッドに寝転がり、小さな空を眺めた。 この部屋の外には、窓の向こうには、広い広い世界があるというのに。 私はただじっと、この部屋から出ようともしない。 小さな窓から見える広い世界の一部分に思いを馳せて、それでも自らあの窓を破って飛び出そうとも しないで。 手を伸ばせば、すぐ届くところに在るのに……。 「……姫様……」 傍にいるからこそ、もどかしい。 届きそうで届かない、この距離。 あと、少し。 そうしたら、この想いと共に、全てを捨ててしまおう……。 窓の外に、ひとすじの流れ星が見えた。 眠れないまま、だんだんと窓の外が白む。 小さな鳥たちが窓をコツコツと叩いた。 ゆっくりと、起き上がる。 ついに来た、決戦のとき。 怖い。身体が震える。 勝ったとしても、負けたとしても、全てが終わってしまう、この日。 覚悟を決めたはずなのに。 身だしなみを整えて、荷物を手に取った。 深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。 「……落ち着け……大丈夫……」 根拠の無い自信を、自らの心に植え付ける。 私はこの日のために生まれてきたんだ。 姫様のために。サントハイムのために。ようやく、私がお役に立てるときが来た。 この旅の最中に身につけてきた神聖呪文を、頭の中で繰り返し唱える。 あと少し。あと少し。 全てが終わり、何かが始まる。 次の私の生きる道が、幸せなものであるように……。 |
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