◆魔物の住む村-2-◆

「魔物が……」
私たち三人が声を揃える。
「ああ。まあおれだって一応、下っ端ではあるけどさ、サントハイムの立派な神官だからさ。魔物を追っ払おうとしたんだけど……無理無理。泣きながら土下座して謝ったよ」
そう言うとネビンズさんは照れくさそうに笑った。これは、本当なのだろうか、冗談なのだろうか……。
「して、その魔物は何が目的でテンペに」
「よく判らないんだけどさ。魔物が力をつけるためには、生娘の血と肝と魂が必要なんだってよ」
「……生贄、ですか」
私は恐怖と怒りに身体が震える。確かに、色々な闇の儀式において、そのような生贄が必要という話を聞いたことがある。神聖な生娘に宿る力は、闇の力を増幅させるために必要になる、と。それを実際に身近に感じることがあろうとは。
「さっき、墓で会っただろ。あのおばちゃんの娘が、生贄の第一号さ。新月と満月の晩に、一人ずつ生贄を出せ、って。それで、村を守るために、自分から……」

先日の新月の晩に、先ほどの方は娘さんを生贄として奪われたのだろうか……。
おそらく、神に祈ったのだろう。娘を助けて、と。
しかし神は、救いの手を差し伸べなかった。
……それであれば、先ほどの言葉に、合点がいく。

「責められたぜ、おれさあ。祈ったって神様は助けてくんないんだ、何のために神官はいるんだってな。お前みたいに城とかサランでぬくぬく祈ってりゃ格が上がってくってもんじゃないし」
神官長の言葉を思い出す。祈ることしかできない、と。そのときにちくりと痛んだ胸が、再び痛む。
確かに。祈りが通じないとすれば、私たち神官は、何のためにいるのだろうか。
「……冗談冗談。悪いな、お前にはこんな冗談通じねえよなあ……」
そう言いながら、ネビンズさんは私の背中をばしばしと叩く。
「ねえ。次の満月には、また、生贄が必要なんでしょ?」
姫様は真面目な顔の中に、小さな笑みを浮かべている。
……これは、もしかして。

「あたしが生贄になるわ。それで、魔物が油断したところに、がつーんと一発パンチを浴びせてあげる!」



……私とブライ様は、想像通りの姫様の言葉に、頭を抱える。



「マジで!? すげえ、アリーナ様! かっこいいよ! おれ、惚れちゃうよ!」
「まかせておいて! こんなことになってる村を放っておくことなんでできないわ!」
……やたらに意気投合するお二人。
……手を取り合って、笑顔で見つめ合う。
「ちょ、ちょっと待て。何を勝手に決めておる! もっと別の方法が……」
「ブライ、うるさい。黙ってて! 既に一人、犠牲になってしまった人がいるんでしょ。そんなことが起きても気づかないでいて、何が姫よ! あたしたちにも責任はあるわ!」

確かに、領土内の危機に気づくことができなかったことは、国を治める立場にある姫様からしてみれば、ご自身の責任と感じる部分があるのだろう。
しかし、その責任を……姫様御自らが、その身体を危険に晒してまで、お取りになる必要があるのだろうか?

「次の満月って、いつ?」
「えーと、明後日、かな?」

私とブライ様の心配をよそに、姫様とネビンズさんは着々と作戦を練っているようだ。

おそらく……。

こうなってしまっては、私たちには、姫様を止めることは、できないのだろう。



私は姫様に何も申し上げられないまま、陽が落ちた。
山頂にあるこの村では、夜風は冷たく、汗にまみれた姫様の身体を震わせる。

「姫様。今日はもうお休みになられた方がよろしいのではないでしょうか?」
「うん。そうね。ちょっと疲れちゃった。早くお風呂に入りたいなー」
ネビンズさんに別れを告げ、小さな明かりが灯る宿の看板を目指し、私たちは歩き出す。
「……クリフト」
ふと、ネビンズさんは私の腕を掴んだ。
「……悪い。お前は……おれと一緒に、教会へ来て貰えないか?」
「……ええ、構いませんよ……?」
寂しそうな、苦しそうな、ネビンズさんの声。私の表情が、曇る。

教会へ向かうネビンズさんの姿に、違和感を感じた。
どうやら、少し左足を引き摺って歩いているようだ。
以前は、そのようなことは無かったはずなのに……?

「ネビンズさん、どうしました? 怪我でも……?」
「あー、うん、ちょっとな」
ネビンズさんは複雑な笑顔で、髪を掻きあげる。あまり、言いたくないことなのだろう。私はそれ以上の追及は止めた。

テンペの教会は、小さなものだった。
小さな十字架を掲げている以外は、言われなければ教会とは判らない風貌だ。
……近づいてみると、その異様な風貌が、私の目に飛び込んでくる。

割れた窓。
壊された壁。
口汚い言葉の落書き……。

「……」
私は呆然と、この惨状を見つめた。

「はは。びっくりしただろ。……でもな、これ、魔物の仕業じゃないんだ……」
魔物の仕業で無いとしたら。答えは簡単だ。
村人の、仕業なのだろう。
「悲しいよなー。おれだって、頑張ったんだぜ?」

先ほどの話、ネビンズさんが神官として、魔物に立ち向かったという話。
あれは嘘や冗談などでは無く、本当のことだったのだろう。
引き摺る足は、おそらく、そのときに受けた傷……。

「おれのせいで、お前にまで嫌な思いさせてねえか? 何か変なこと言われなかったか?」
「……いえ……大丈夫です……」
私は、少し自分の心を恥じた。ネビンズさんを嫌いだと思っていた醜い心を。
ネビンズさんは、強い。
これだけの仕打ちを受けながらも、決して挫折することなく、この村に留まって、神官としての務めを果たしているのだから。
城やサランという、兵士に守られた安全な場所にいた私には、このような状況は耐え切れないかもしれない。
ネビンズさんは、どれほどの苦しみを味わったのだろうか。

魔物に打ち勝つこともできず。
生贄として身を差し出した者を救うこともできず。
村人に蔑まされながら、村人を見捨てることもせずに……。

「悪いんだけどさ、ちょっと片付けるの手伝ってくれよ。どーも足の調子が悪くて、なかなか片付かないんだ」
「……はい。判りました」




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