◆大切な人-1-◆

「キングレオは許せない。今度こそ絶対ぶっ殺してやるわ!」
マーニャさんが馬車の中で、語気を荒くする。父親の仇であるバルザックの話と、キングレオに敗退した話。
トルネコさんは真面目な表情でその話をじっくりと聞いていた。
「ちょっと、クリフト、聞いてるの!?」
「……聞いてますよ」

私は一刻も早く、サントハイムの皆様の行方を追いたかった。
ソロさんを探している人がいる、ただそれだけで、寄り道。
……正直、うんざりだ。

「クリフト、代われ」
ソロさんの声がした。少し疲れの見えるミネアさんが、馬車の外に見えた。
「大丈夫ですか、ミネアさん」
私はミネアさんに手を伸ばす。その手を取って、ミネアさんがゆっくりと馬車に乗り込んだ。
柔らかな掌の感触。疲れているだろうに、優しい笑顔を浮かべて私に御礼を述べた。



剣を背負って、私は馬車の外に出た。
──これは、ソロさんの作戦。半分ずつ休んでいれば、何かあったときでも全滅は避けられる、と。
ソロさんと姫様は仲良く並んで、先頭を行く。
「勇者殿は、まったく、姫様にいらんことばかり教えおって……」
そう言うブライ様の顔は、優しいものだった。
……考えたくは無いけれど。ブライ様は……。

醜い表情でソロさんを睨み付けたとき、化け物の群れが私たちに襲い掛かってきた。

「……あっ……」
とっさのことに、どうしていいのか判らない。
ソロさんと姫様は真っ直ぐに化け物に立ち向かい、残りの化け物にブライ様が睡眠魔法を放つ。
少しきょろきょろとした私は、ひとりで闘ったあのときのことを思い出して、剣を抜いた。

──負けるものか……!

それは、化け物にでは無く、私の前にいるあの男に。
私は剣を構えて走り出す。ブライ様が何かをおっしゃっているようだったが、私の耳には届かない。

ソロさんと姫様の間を走り抜けて、私は化け物に剣を振るう。
化け物の羽根が、角が、空を舞った。
──いける。大丈夫だ。私もこの旅で、強くなった……!

「クリフト!」
姫様の叫びに、私は振り返る。そこには目前に迫った化け物の姿──!
「あっ……!」
間に合わない。剣を振るおうとしたその腕が、化け物の爪で抉られる。
痛い……! 視界に、鮮血が走った。

その化け物が、視界から飛ばされて見えなくなる。
ソロさんが、化け物に蹴りを入れていた。そして詠唱される治癒呪文。

勇者さまは、治癒呪文までも、使いこなすというのか……。

「きゃあっ!」
姫様の悲鳴に目をやれば、別の化け物が姫様に襲い掛かっていた。鋭い爪が、姫様の美しい身体に傷をつける。
「姫様!」
立ち上がろうとしたそのとき、一瞬早くソロさんが走り出す。
ブライ様が氷の魔法を詠唱する。
私は──。

私は、何ができる?
ただ呆然と、私は、その闘いを見つめていた──。



「馬鹿野郎!」
怒声と共に、ソロさんは私を拳で殴りつけた。
思わず、身体がぐらりと揺れる。
「な……何を……」
「余計なことをするんじゃねえ! いいか、ここでは俺の言うことを聞け。俺の言うことが聞けないなら、さっさとここから出て行け! お前のせいでアリーナが怪我をしたっていうのが、判ってるのか!」
「……」

言い返せない。

悔しくて悔しくて、私は惨めにもソロさんの治癒呪文で癒された傷口をぎゅっと掴んだ。
治りきらない傷が、殴られた頬が、ズキンと痛む。



私は、まともに闘うことすら、できなかった。
私は、ソロさんに救われてしまった。
私は、姫様に怪我をさせてしまった。
私は──。

悔しい。悔しい。この惨めな気持ちは、伝説の勇者さまへの憎しみと妬みに昇華されていく。



「クリフト、勇者殿に謝れ。お前の判断が間違っていたんだ」
ブライ様の言葉に、はっとして顔を上げる。
──私が? ソロさんに、頭を下げる?
冗談じゃない。そんなこと、絶対に、嫌だ。

「ブライ、ソロ、もういいよ。先を急ごう。ソロを待ってる人がいるんだから」
それは姫様のお声。もういいよ、という言葉。それは、叱咤されるよりもつらい、見捨てられた言葉。
「姫様、あの、申し訳ありませんでした……」
私は姫様の存在に縋りつく。その後姿に、あのときの母の姿が重なって──。
「謝るべきは姫様では無いだろう、クリフト」
先刻よりも低く鋭い、ブライ様のお声。それでも、私は決してソロさんに頭を下げることはしなかった。

腕輪の呪いが、心の茨が、私を苦しめる。
どうしてこんな旅に出てしまったのだろう。
あの街でひとり寂しく暮らしていれば、少なくともこんな惨めな思いはしなかっただろう。

でも、無理なんだろう……。
腕輪の呪いが私に生き地獄を与えているのだから。
醜い感情が私の心を支配していく。神に仕える尊い感情を穢していくかのように──。

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