◆非情な伝説-6-◆ 「元気ですねえ、ソロさんとアリーナさん」 「まったく、姫様をこんな朝っぱらから連れ出すなど、勇者殿にも困ったものだ」 話し声に振り返れば、ブライ様と、姿だけは見覚えのある、中年の男性。 険しい顔で振り返った私の表情を見て、お二人は会話を止めた。 「……どうした、クリフト」 「……いえ……」 ふう、と、ため息をひとつ。 私はお二人のためにお茶を用意する。 困ったものだ、とおっしゃっていたブライ様の表情は、本気でソロさんを迷惑に思っているようには感じられ なかった。 「そういえば、私はまだ名乗っていませんでしたね。トルネコといいます。武器商人をしています」 その恰幅の良さにお似合いの人なつこい笑顔で、トルネコさんは私に右手を差し出す。 私はその右手をしっかりと握り締めた。 「……クリフト、です。よろしくお願いします……」 武器商人、か。化け物や魔物の数が尋常では無くなっているこの時期に、さぞかしつけ込んで儲けているのだろう。その武器が人々を傷つけるかもしれないということは、想像もしないで。 「もう姉さん、いつまで寝てるのよ! そのうえお化粧に時間かけすぎっていつも……」 「あーはいはい、わーかーりーまーしーたって!」 ミネアさんとマーニャさんの声がした。 昨日のことを思い出して、思わず顔が赤くなる。 「ごめんなさい、遅くなりました。おはようございます」 「……おはようございます……」 私はミネアさんと目を合わせないように答える。お二人のお茶も用意して、私は椅子に腰掛けた。 ソロさんと姫様は、こんな朝早くからどこへ向かわれたのだろうか。 どうしてブライ様は、ソロさんを咎めないのだろうか。 ──私は、その存在すら邪魔者扱いだというのに。 「アリーナには敵わねえなあ、ほんと」 「何言ってるの。あたし、こんなに本気で手合わせできる人は初めてよ」 姫様とソロさんの声がした。その声に、はっと顔を上げる。 少し息の上がった姫様の顔には赤みが差して、楽しそうな笑みを浮かべていた。 ……手合わせ、か。私にはとてもできないことだ。こんなところで、既にソロさんに敵わないなんて。 情けない。そして、悔しい。思わず憎しみを込めた目線を、ソロさんに向けてしまう。 「……早く、強くなりたいの……」 姫様はそう呟くと、寂しげに目を伏せながら、椅子に腰掛けた。 早く、強くなりたい。 きっとそれは、サントハイムの皆様のため──。 私には、何ができるのだろうか。 「クリフトさん、何か召し上がらないと、身体に悪いですよ」 運ばれてきた朝食をただぼんやりと眺めていた私に、ミネアさんがそっと語りかける。 「……はい」 身体の具合は良くなったものの、目の前で楽しそうな会話を繰り広げるソロさんと姫様を見ると、喉の奥まで 何かが詰まってように感じる。そのせいで食べ物を口にする気にはなれなかった。 そっと、スープを口に運ぶ。味なんて判らない。飲み込むだけでも苦痛だった。 「あの……」 恐る恐る声を掛けてきたのは、見目麗しいひとりの吟遊詩人。 「……失礼ですが、お話を伺わせていただきました。あなたが、勇者さまですか」 「……ああ」 ソロさんの答えに、詩人はその場に膝をついた。 「ようやく、見つけました。お願いがあります。私の大切な人が、あなたをずっと探しているのです。今はキングレオ討伐に向かっています。どうか、その方に会っていただけませんか」 キングレオ、という名を聞いて、マーニャさんとミネアさんの表情がさっと曇った。 「急いでるんだよ、俺たちは」 「お願いします。お願いします。どうか、ライアンさんに会ってください」 「……ソロ。こんだけ頼んでるんだから、行こうよ、キングレオのところに。アタシだって……あいつを、許せない……」 今までに見たことの無い、マーニャさんの真面目な表情に、低い声……。 「……仕方ねえな。ライアン、って奴に会えばいいんだな?」 「はい……!」 詩人はぱっと明るい笑顔を見せて、ソロさんの手を取る。 ……どうも、この詩人からは、不思議な気配を感じる……。 「ありがとうございます。ありがとうございます。私は一足先に、ライアンさんの元へ向かいます」 涙を流しながら、詩人は宿を走りながら後にした。 「……私も……」 意を決して、私は小さく声を出した。その声に、一斉に私に視線が集まる。 「私も、ご一緒します」 あなたにだけは、負けたくない。その思いを込めて、私はソロさんを見つめる。 「……あなたに、ではありません。姫様にご一緒します」 「……勝手にしろ」 それだけ言うと、ソロさんは立ち上がって、宿の二階へと駆け上がっていった。 「姫様」 私の問いかけに、姫様は慌てて私から目線を逸らす。 「お供いたします。サントハイムの皆様を救い出すまで」 「……うん」 小さな小さな、消え入りそうな声。それでも、私の問いに答えていただけたことが、ただ嬉しかった。 部屋に戻ると、私は荷物の整理を始めた。 「なあ、クリフト。伝説の勇者殿とご一緒できるなど、光栄だと思わんか」 「……思いません」 私の答えに、ブライ様は意外そうな表情をされる。 「勇者……ですか。あの男が。私は、認めません」 そうだ。姫様を引っ叩き、連れまわし、口汚い言葉を吐く。そんな野蛮な男が勇者であるものか。 世界を救うといわれる勇者は、もっと尊いものであるはずだ。 私ひとり救うことができなくて、何が、伝説の勇者だ。 ……私の心に落ちる、醜い心の闇。自らの力不足を転嫁して人を憎み、妬む。 あのときと、同じ。本当は判っているのに、ただ認めたくないだけ──。 「揃ったか」 相変わらず、最後はマーニャさん。私は皆から一歩離れたところに立つ。 気づけば、隣にはミネアさんがいた。 「良かった。クリフトさんが一緒で」 ミネアさんは優しく微笑む。 「……こちらこそ……」 おそらく、ミネアさんがいなければ、私はこの仲間たちに入っていくことは無かっただろう。 永遠に、姫様の御傍を離れていたことだろう。 それが同時に、茨の道に足を踏み入れることであったとしても。 ──腕輪の呪いは、まだ私を苦しめる。 遠くで、誰かがソロさんに手を振っていた──。 |
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