◆偽りの姫-9-◆ 次の日──私は、全てを話した。 「……申し訳ありませんでした……」 メイさんを危険な目に合わせてしまったこと。姫様を置いて勝手な行動を取ったこと。色々な意味を込めた謝罪の言葉を口にする。 「どうしてわしらに言わなかった。無事に戻れたからいいようなものの、そのような事情なら姫様やわしも喜んで力を貸したというのに」 ブライ様が語気を荒くする。──どうしてなのかは……。 「……私にも、判りません。あのときは、ただ夢中で……自分で何とかしなければと……」 「もう、いいよ。終わったことなんだから、早くエンドール城に行こう」 ずっと不機嫌な顔で話を聞いていた姫様が立ち上がり、この場を去った。その後をブライ様が慌てて追いかける。……姫様はずっと不機嫌だ。私の顔を見ようともしない。 この場に残ったのは──偽りの姫の、一行。 「私……」 メイさんが、ゆっくりと口を開く。その声は小さいながらも、しっかりとした意志を感じる声。 「これから、ひとりで生きてみようと思います。私を助けてくれてありがとう、チャパラ、ムカロ」 チャパラさんとムカロさんが、驚いた顔でメイさんを見る。そして何故かチャパラさんは、私を睨みつける。 「メイ、そう言わずに、わしらと共に暮らそう。もう、姫の真似をさせたりはせん。頼む……」 「ありがとう、ムカロ。でも……私、自分の力で生きてみたいの。今まで、人に頼ることしか知らなかったから……」 ──そう言うとメイさんは、私の顔をちらりと見た。人に頼ることしか……今までの私も、そうだったのかもしれない。姫様の輝かしい力に頼って、ブライ様の豊富な人生経験に頼って。 そうか……私が誰にも頼らずに腕輪を取りに行ったのは、私がメイさんに言いたかったこと。自分自身として生きて欲しいということ。その思いは、自分に対してだったのかもしれない。 「私、行きます。どこへか判らないけど、どうなるか判らないけど。本当にありがとう。……クリフトさん。姫様とブライ様にも、よろしくお伝えください」 メイさんは傍らに置いた荷物から、ショールを取り出し、私に手渡す。あの夜、私がメイさんの肩に掛けた、姫様のショールだった。雨に濡れたショールはメイさんが洗濯をしたのか、ふんわりと柔らかい。 「……判りました。どうか、お元気で」 深く、深く一礼すると、メイさんは宿を後にした。 残されたのは、私とチャパラさんと、ムカロさん。 誰も、その場を動くことができなかった。 ……どのくらい時間が経っただろうか。沈黙を破ったのは、チャパラさんだ。 「……ううっ……」 チャパラさんの目には、涙。……そういえば、チャパラさんはメイさんに一言も声を掛けていなかった。 「おれ……メイの傍に居られるだけでよかったんだ。初めて……本当にさ、損得無しで、大切な女だと思ってたんだ。それを……それを、お前が……」 そこまで言いかけて、チャパラさんは言葉を呑んだ。けれど……言いたいことは、判った。 ──チャパラさんも、私と、同じだったんだ。 ただ、愛する人の傍に居たくて。心地よい関係を壊したくなくて。そして私は──叶わぬ想いということを思い知らされたくなくて。 「おれは、盗賊だから……人に誇れるような仕事じゃねえから。メイみたいなお嬢様にさ……」 いつか、私もこうして涙を流すときが来るのだろう。 もしかすると──それが、死ぬよりつらい地獄なのかもしれない。 その日の昼、私たちはフレノールを発った。 姫様が焦がれていた、エンドール城へ向かって。 ……しかし、姫様の表情は、晴れない。唇をへの字に結んで、ふと通りがかる化け物を次から次へとなぎ倒していく。 「ひ、姫様。少し、休ませてくれぬか」 ブライ様が息を切らして、その場にへたり込む。無理もない、ずっと休みなく、いつもより早足の姫様に必死について行ったのだから。 「しょうがないわね。少しだけよ」 姫様も同じように、その場に座り込んだ。汗が乾いて、吹く風に少し身体を震わせた。 「姫様、お風邪を召されますよ」 私は荷物から、ショールを取り出して姫様の肩に掛けた。メイさんから返していただいた、あのショール。 「いらない」 ふとそのショールに目をやった姫様は、乱暴に丸めて私に投げ返す。 「姫様……」 「だったら、運動してる。そうすれば寒くないから」 私の身体を押しのけて、姫様が走り出す。木に登り、石を投げ、穴を掘り。何だか判らないが、ただひたすらに身体を動かし続ける。 丸められたショールを、私は綺麗に畳みなおした。 「……姫様のご機嫌が悪いのは、やはり、私のせいなのでしょうか……」 まだ姫様は怒っているのだろうか。私が黙って御傍を離れたことを。 「当たり前だ、この大馬鹿」 フレノールを発つまでの間、私は姫様に謝り続けた。姫様のお答えは、同じ。 「もういいから」 「気にしてないから」 「怒ってないわよ」 「しつこい」 ろくに話を聞いてもいただけない。 「はあ……」 出るのはため息ばかり。どうしたら姫様にお許しいただけるのだろうか。 「はあ……」 ブライ様も大きなため息。ご心配をおかけしているのだろうか。 「そういえば……ブライ様。私への処罰は……」 「ああ。どちらにしろ、お主に言わなければならないことがあるのでな。エンドールへ着いてから……」 言わなければならないこと。 一体、何だろうか? そういえば……テンペでも、ブライ様は何かを言いかけて止めた。 「……それは……喜ばしいことでは……無い、のでしょうね……」 ブライ様は答えない。 立ち上がると、スライムを引っ張って遊んでいる姫様を呼び、休息を終える旨を伝えた。 これからきっと──死ぬよりつらい地獄が始まるのだろう。 |
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