◆ルビーの涙-1-◆

『……誰か……』

真っ暗な闇の中に、美しい声が聞こえた。

『……助けて……』

何も見えないその闇の中で、私はその声の主を探す。
上も下も、右も左も、判らない。

『……届いて……』

ふと、視界がひらける。
ぱあっと広がる明かりの中に浮かぶのは、森の中。ひとりの女性と、数人の男が居た。



「ほら、泣けよ」
「ははは。泣いてみろって」

何だ、この光景は。
数人の男が、ひとりの女性を地面に押し倒し、醜い笑いを浮かべながらその衣服を乱暴に剥いでいく。
「……やめて……っ……!」
女性が身を捩り、必死の抵抗をするも虚しく、手足の自由を奪われ、まるで地面に磔刑にされたような格好にされる。
私は女性を救うため、前に進もうとするが、何故か幾ら歩みを進めても前へと進むことができない。
「こんな状況でも、涙ひとつ流さねえのかぁ? お嬢ちゃんよ」
「いや……っ」
汚らしい男の手が、神聖な身体に触れ、おぞましく蠢く指でふっくらとした乳房を玩具のように弄ぶ。
「やめろお!」
私は、叫ぶ。だが、そんな私の叫びは光の向こう側に届かないのか、全く気付かれる気配も無い。

「仕方ねぇなぁ。これなら、どうだ? ん?」
「……っ……!」
興奮した男が女性に見せ付けたのは、そそり立つ男性のそれだった。恐怖に歪む顔は男たちの興奮を煽り、更なる暴行を加えていく。
それでも、女性は、涙を流さなかった。
「ちょろっと泣いてくれればいいんだよ? それとも、こうされるのが、望みなのかな?」
「──!」
甲高い悲鳴と共に、男性自身が女性の中へと侵入していく。波打つ背中は欲望に塗れ、どんな魔物の姿よりもおぞましい、吐き気を催すほどの姿だった。
「くそ……!」
どうして、どうして何もできない? これは、夢なのか? いや、それにしてはあまりに生々しい。

「……ピサロ……さま……っ」

中を蹂躙する男がびくびくと震えると同時に、女性から信じられない言葉が漏れた。
──ピサロさんの……知り合い……?
そう思うと、ピサロさんの話の点が、ひとつの線として繋がった。



魂を殺された女性……そう、ピサロさんはそう言った。
手に入らない宝を求めて、私の女を陵辱した人間たち……と。

「ロザリー……さん……?」

その名を口にすると、男の身体の下で絶望に震える女性と、目が合った──。



「ロザリー……どうして、殺さなかった」
一瞬、光が弾け飛ぶと、目の前の光景が変わっていた。薄暗くがっしりとした建物……どこかの塔だろうか。
その中のひと部屋で、ピサロさんとロザリーさんが向かい合っていた。
ロザリーさんはがっくりとうなだれたまま、ベッドに座り込んでいる。
ピサロさんの手には、見覚えのある小さなナイフ。あれは……武術大会のとき、私を刺したナイフだ。
「ピサロさま……私は……人間を殺めたくはありません……そのナイフは、お返しします」
「馬鹿な。お前、自分が何をされたか判っているのか。例え肉体は無事であっても、あやつらはお前の魂を
殺したのだ。おぞましく薄汚い人間ども、そんな奴らに……!」

信じられない光景だった。
ピサロさんが、ロザリーさんの身体に縋りつき、肩を震わせていた。
……泣いている? あの、誇り高き魔王が……ひとりの女性のために……?

「ピサロさま」
そんなピサロさんに対して、ロザリーさんは冷静だ。あやすようにピサロさんの髪を撫で、優しい声でその名を呼んだ。
「少し、びっくりしただけです。私は、大丈夫です。だから……ピサロさま。人間を憎まないでください……。
あれは……そう、たまたま、人間だっただけです」
「人間……」
ロザリーさんの言葉に、ピサロさんの震えが変わった。今度は、空気がびんびんと張りつめるほどの、恐ろしい魔王の怒りだ──。
「人間どもめ……」
「ピサロさま……」

ピサロさんが、マントを翻して立ち上がる。怒りにわなわなと震え、今なら近づく者があれば一瞬にしてその
存在すら消されてしまいそうなほどだ。
「ロザリー……お前はどうして、そこまで人間を庇う。苦しめられ辱められ、それでも、お前は人間を愛すると
いうのか……!」
「はい」

真っ直ぐな、ロザリーさんの返事。

「ピサロさま。人間と魔族は、やり直せます。絶対に。だから……お願いです。人間を滅ぼすなどというお考えは……お止めください。人間は、悪い人だけではありません」

行き場の無い怒りを籠めた拳が、がんと石壁を殴る。ぶつぶつと何かを呟いているようだったが、その言葉を
聞き取ることはできなかった。

「……ロザリー……」

ようやく聞き取れた言葉。その言葉と共に、ピサロさんがようやく顔を上げた。

「……お前が何を言おうとも、私は、天空人の奴隷となった人間を滅ぼしてくれる。それがお前の魂を殺した者への当然の報いだ。お前はおそらく、人間と魔族の仲を取り持つために生まれた者なのだろう。人間どもは
そんな最後の望みを自ら絶ったのだ。薄汚い人間どもめ、恐怖に打ち震えながら自らの罪を悔いるが
いい……!」
「ピサロさま……!」

ロザリーさんが立ち上がると同時に、ピサロさんは何かを呟いて姿を消した。



「……」
何だろう、この光景は。
やっぱり……夢……?

「……誰か……」
「……え……?」

ロザリーさんの声に、思わず答える。
私の声に気付いたのか、ロザリーさんが私の姿を捉えた。



「やっと……届きましたか……? 聞こえますか……?」

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