◆プロローグ-3-◆

私の言葉に、ブライ様も、姫様も驚きを隠せないようだ。
「ク、クリフト、お主何を」
「私は姫様に命を救われました。姫様が旅立つことで、一人でも多くの命が助かるのであれば、それはそれでよろしいかと思います」
「いやちょっと待てクリフト。そもそもお主がこのような目にあったのは、姫様を追ってのことではないか」

……あ。
……そう言われてみれば……。

私は、姫様の方をちらりと見た。
姫様は、力強い瞳で私を見つめている。これは……私を応援しているのでしょうね……。
「……しばしば、城を抜け出されて、皆に心配をかけるようでは困ります。それであれば、いっそのこと、ご満足いただけるまで旅をされるのも、良いのではないでしょうか」
ブライ様は、頭を抱えて悩んでおられるようだ。
それもそうでしょう。私も自分で言っていることが判りません。
「クリフト、やっぱクリフトはあたしのこと判ってくれてるよね!」
姫様が目を輝かせて私を見つめる。満面の笑みで。
「……仕方あるまい。……ただし」
ゆっくりと口を開いたブライ様が、姫様と私を交互に見つめる。

「わしと、クリフトもお供いたしますが、よろしいですな」

お、お供……?
私が……?

「えーーーーーーーーーーーーーーーーっ」
姫様がありったけの声で、落胆の声を発した。
「なんでよー。あたし一人で行かなきゃ修行にならないじゃない!」
「お嫌でしたら、旅をお許しするわけには参りません」
再び、ブライ様と姫様の押し問答が始まる。

「姫様お一人では、危険です。姫様をお守りするためにも、わしらがお供いたします」
「守るって何よ! あたしが、クリフトを守ったじゃない!」

……うっ。痛いところを……。

「今回はたまたまです。クリフトがあのような危険な目に合ったのは、そもそも姫様の責任です」
「追ってきたのはクリフトの勝手じゃない」
「よろしいですか、姫様。守るというのは、力だけで敵をなぎ倒すことではありません」

自分の失態に胸が痛む。
姫様に助けられなければ、私は今頃……。

「ご自身の手に負えない相手と対峙したとき。どうなさるおつもりですか」
「戦うわ。あたしは負けない」
「……誰にも負けないのであれば、何も修行の旅に出なくともよろしいでしょう」
「……じゃあ。どうするのよ」

ブライ様は、私の顔をじっと見つめた。
その目を見て、私は、ブライ様がおっしゃりたいことを理解した。



……万一のとき、私たちは、この身を差し出すために、お供するのだと。



手に負えない相手と対峙したとき、私たちが全力で敵に向かうのだろう。
その隙に、姫様を、逃がすため。
この、身に、代えても。
この、命を、差し出して。

「……姫様。時には、逃げるということが必要です。逃げることは決して卑怯ではありません。そのことを、ご理解いただけますか」
私は姫様をじっと見て、低い声で言う。
私の決意が通じたのか、姫様は私から目を逸らした。

「……判った。でもね。二人とも、死んだりしたら許さないから。そんなことがあったら、死ぬまで殴るからね」



いや姫様。既に死んでいるのに、さらに死ぬまで殴られるのですか……。



ブライ様はそんな姫様の言葉に、声をあげて笑った。

その笑い声が、急に遠く感じる。
……?

「ク、クリフト!」

姫様の声がうっすらと聞こえた。

忘れていた。
私は足に傷を負っていたのだった。
どうやら、その傷が思ったより深かったようだ……。



ブライ様の話によると、私は姫様に背負われて、サランの街に担ぎ込まれたらしい。
そんなみっともない幕開けではあるものの、私たちの旅が始まった。



……私と姫様に、悲しい出来事が待っていることも知らずに。



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