◆言葉より、伝わるもの◆


「趣味……旅行、ねえ〜。悪くはないんだけどなあ〜」
いま、あたしの目の前に堆く積まれているのは、お見合い写真。
几帳面なブライがわざわざ通し番号までふって、
『姫様。これがお見合い相手の候補です。この中から何人かお会いする人をお早めにお決めください』
と、どーんと渡してきたもの。
とりあえず目は通しているけど、これといった人はいないなあ。

趣味、読書。イヤだよ、すぐ眠くなっちゃうし。
野鳥観察? 何するの??
あ、この人、格闘技だって。あー、でも、むさい人はイヤだなあ〜。
エンドール大臣の息子? やだー、あたしより年下じゃない。
なにこの人。ぶくぶく太っちゃって、みっともない。
えー、キザっぽいなあ、こっちの人は。
趣味、音楽ねえ〜。縁ないなあ……。

「ん?」
いまの人。どっかで見覚えがあった。
もう一度、その写真を開いてみる。
「……なんで??」

「別に間違いではありませんぞ」
この写真は誰かのものがまぎれこんできたんだろうと思って返しにしたのに、ブライはまったく相手にしてくれなかった。
「それより、ちゃんと目を通しているようですな、姫様」
「あたりまえでしょ。ブライのことだから、こういう罠をしかけておくだろうと思ってたのよ!」
そう。目を通しておいて下さい、と言った以上、あとで必ず、見ていなければわからないことを聞いてきたりするはずだもん。
「じゃから、罠などではなく、ちゃんとした候補者の一人じゃ!」
「……えー……」
趣味:音楽、と書かれたそのお見合い写真に、あたしはもう一度目を落とす。
間違いなく書かれている名前と職業。

名前:クリフト
職業:神官

「ま、サントハイムでは神官の地位は庶民よりは高いとはいっても、クリフトはまだまだ下っ端じゃからなあ。庶民に毛が生えたようなもんじゃな」
姫様にふさわしいと思われる人物を、お父上と一緒に選びましたぞ、なーんて堂々と言ってたくせに。言ってること違うじゃない。
「しかし、クリフトの将来性を見据えて、な。それと、姫様のわがままにつき合わされても文句を言わず、姫様が満足するまでつき合うことができるのも、この国には、クリフトしかおらんじゃろう?」
確かに、クリフトはすごく頭がいいし、これからどんどん偉くなっていくかもしれない。でも、今はどうなのよ? 言ってることが矛盾してるじゃない!
「別に、気に入らなければそのままにしておいていいんじゃよ?」
まあ、そうなんだけどね……。

それにしても。
クリフトの趣味が音楽だなんて、知らなかった。
絶対、音痴だと思ってたんだけどな〜。
何か、そんな素振り、あったっけ?
思い出してみても、特に心当たりはないなあ。

「姫様は存じ上げないかもしれませんがな。クリフト、あれでも女の子にとてもモテモテじゃぞ」
はあ〜?
クリフトが〜?
何言ってるの、ブライは。ありえないじゃない。
あたしにすら腕力でもかなわないのに。
「一応、クリフトの見合いも世話しとるがな。既にかなりの希望者がおるぞ。教会でも、クリフトのおかげで若い女の子からの寄付が急増しているしな」
うーん、まあ硬いお仕事だし。頭いいし。マジメだし。そういうのが好きな人もいるんだろうね。

お見合い写真を見て疲れたあたしは、城下町へ散歩に出た。
ちょっとクリフトの顔でも見ていこうかと教会に立ち寄る。
「ん?」
教会の前に数人の女の子が集まっていた。その真ん中にはクリフト。
どうやら、女の子はクリフトに何か手渡している。
「何? ほんとにクリフトってもてるわけ?」
あたしは思っても見なかった出来事にぼんやりとクリフトを見つめる。
クリフトがあたしに気づいて、気まずそうな表情をする。
何よその表情は。あたしが邪魔だっていうのかしら。

女の子たちもあたしに気づいて、深く一礼して去っていった。でも、頭は下げても、目線は下げていなかったように感じた。
「どうしたのクリフト。女の子に囲まれてデレデレしちゃって」
「い、いえ。そんな、デレデレなんて……」
クリフトは明らかに困った顔をしてる。悪かったわね、邪魔して。
「クリフト、ほんとに女の子にモテモテなんだあ〜」
「違いますよ。今日は特別ですよ……」
「特別?」
「そ、その……」
クリフトは少し残念そうな表情を見せて、あたしから目線を外して言った。
「今日は、私の誕生日なのです……」

忘れてたー。
しまったー。
今日だっけ……。

あたしが明らかにしまった、という顔をしたのを、クリフトは見逃さなかった。
「……はあ……」
忘れていたのですね、なーんて言いたそうな顔。
「何よ! 何であたしがいちいちクリフトの誕生日なんて覚えてなきゃいけないのよ!」
「わ、私は別に何も……」
言ってなくったって、あからさまな表情でわかるわよ!


あたしはそのまま、街の中にある小さな雑貨屋に立ち寄った。
とりあえず、クリフトに何かプレゼントを買おうかな、なんて。
「でも、何がいいのかなあ」
クリフトの好みって、よく判らない。
そういえば、あたしはクリフトのことを知っているようで、全然知らないかもしれない。
「あ」
あたしは小さなクローバーをあしらった指輪に目を奪われた。
「かわいい……」
自分の指にはめてみる。うん、なかなかかわいいじゃない。
そうだ。これ、クリフトにもあげてみようかな。一緒のものを持ってるのって、ちょっと楽しいもんね。


夜、小さな包みをポケットに入れて、あたしはクリフトを探す。
昼間そのまま渡しにいくのは、ちょっと芸がないかな、と思って、夜まで待ってみたのに、 クリフトは部屋にいなかった。
「もう、どこいったのよ……」

     ……〜♪……
        ……♪……

何か、弦楽器のような調べが聞こえた。

     ……I've said it……
          ……What more can I say?……

続けて、甘いテノールの歌声が聞こえてきた。
この声……

     ……Believe me……
          ……There's no other way……

「…………」
小さな蝋燭の明かりの下、見たことのない楽器を手に歌っていたのは、クリフトだった。

     ……I love you……
          ……No use to pretend……
               ……There, I've said it again……

聞いたことのない異国の言葉を紡ぐクリフトの姿と声に、あたしはしばらく見とれてしまった。
ふと、クリフトが楽器を弾く手と、歌を止めた。
あたしに気づいてしまったみたい。

「あ、姫様……」
クリフトは少し照れながら、楽器を地面に置く。
「今の、クリフト……?」
「は、はい。恥ずかしながら……」
あたしはクリフトの隣に腰を下ろし、見たことのない楽器に目を奪われる。
「これは……先日、旅の吟遊詩人さんが置いていったものです。なんでも、自分にはもう、必要のないものだから、と、少し寂しそうな顔で……」
クリフトは再び楽器を手に取ると、張られている6本の弦を軽く爪弾いた。
やわらかな音が心地よい。
「弾いてみますか?」
「うん」
さっきクリフトが持っていたように、見よう見真似で楽器をかまえてみる。
「そう、左手は、ここに……」
クリフトの手が、あたしの左手を包み、弦の上に導く。
その手はとても暖かだった。
「そして右手はこっちに……」
あたしの背後から、それぞれの右手と左手を繋ぎあっているような形。
なんだか、後ろから抱きしめられているみたいで、少しドキドキした。
その照れを隠すように、あたしは右手で弦を思い切り弾く。
ジャーン、と、大きな音がして、あたしはびっくりして楽器から手を離す。
さっき、クリフトが弾いていたときとは全く違う音だった。
「姫様、強く弾き過ぎですよ……」
クリフトは楽しそうに微笑むと、楽器を自分の膝の上に置いた。
「……クリフトが、歌や楽器やるなんて、思わなかったなあ」
「そうですか? ミサではいつもオルガンを弾いていたのですが……」
そうだっけ。あ、いつもミサのときなんて、全然話も聞いてなかったなあ。
「クリフト、……お見合いするの?」
あたしの問いかけに答えることはせず、クリフトは楽器の弦を軽く爪弾く。
「……クリフト……?」
「……ブライ様が、勝手にしていることですよ……」
クリフトの奏でる旋律が、耳に心地よく響く。
「……音楽は……」
小さく奏でられていた旋律は力強くなり、はっきりとした波を描きはじめる。
「時に、言葉より、人の心に強く響きます。この世界に吟遊詩人がいるのも、きっと、言葉で伝えられない何かを伝えるためなのでしょう」
そう言うとクリフトは、囁くような声で歌い始めた。

     ……Amor,amor,amor……
          ……My heart is true……
               ……It's just for you……
                    ……So won't you love me?……

あたしはじっと、クリフトの歌声に耳を傾ける。

     ……Amor,amor,amor……
          ……I only know……
               ……There couldn't be……
                    ……My love without thee……

吟遊詩人の歌は何度か聞いたことがある。
その完成された歌声とは違い、クリフトの歌には、稚拙で未熟なところが目立つ。
でも……。

     ……This pure passion's fire……
          ……Burning my heart aflame……
               ……This wild sweet desire……
                    ……Yearning with bitter pain……

とても、心地よい。
異国の言葉は判らないけど、なんだか、あたしの心に響いてくる。

「いい歌ね……これ、なんて意味なの?」
「秘密です」
クリフトはにっこりと笑うと、弾く手を止めた。
「何よ、けちー」
あたしはクリフトの背中をばんばんと叩いた。
それでも、クリフトは笑顔のまま。
「……ねえクリフト。さっきは、ごめんね。誕生日忘れてて」
「いいんですよ、本当に、気にしてませんから」
ポケットに入れたプレゼントを、クリフトにそっと差し出す。
「これ、あげる」
クリフトはプレゼントの包みとあたしの顔を交互に見ながら、驚いた表情を見せた。
「……ひ、姫様……ほ、本当に? 私にこれを?」
恐る恐るクリフトはあたしの手からプレゼントを受け取る。
「開けて、よろしいですか」
あたしはにっこりと笑って大きく頷いた。クリフトは震える手で包みを開けている。
「ゆ、指輪!?」
何、そんな声裏返してびっくりしてるのよ!
「い、いけませんよ姫様、指輪は……」
「えーなんで。嫌いだった? それとも、神官って指輪ダメだっけ……」
クリフトは何か言いたげだったけど、深く息を吐くと、左手の中指に指輪を入れた。
「……」
ちょっと小さかったみたい……。
そのままクリフトは何も言わず、指輪を持ち替えて、右手の薬指に指輪を入れた。
「ぴったりです」
「そう、よかった」
あたしは自分の指にはめた指輪をクリフトに見せる。
「おそろいよ」
クリフトは困ったような、嬉しいような、複雑な表情で笑っていた。


「ブライ〜。会う人、決めたわよ〜」
あたしはブライに一枚のお見合い写真を手渡した。
「ほう、お決めになりましたか……って、何ですか姫様、これは!」
あたしが手渡したお見合い写真は、ヒゲだの額に肉だのバカだの落書きされた、クリフトの写真だった。

もう少し、あたしの知らないクリフトを、見てみたいなあ。




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