◆アルカナ◆

あなたはいつでも、誰にでも優しくて。
その笑顔が、誰かに苦しみを与えているということを、考えたことがありますか──?



第一印象。
弱々しい人だと思いました。
「姫様をお守りすることが、私の役目です」
そう言いながら、何度アリーナさんに助けられていたのか判りません。
旅の中で気が付きました。
あなたが、アリーナさんに忠誠心以上の想いを抱いていることを……。

ふとその端整な横顔を見れば、その視線の先にはいつもアリーナさん。
優しくも少し寂しげな微笑み。
その横顔に胸が痛くて、その夜、私は一枚タロットを引いた。

「隠者……」
それはクリフトさんの心の中。アリーナさんへの想いの行き着く先。
そのカードから感じるクリフトさんの想いが、私の心に小さな火を灯した。



叶わない恋。諦めることもできずに、誰にも言えずに、笑顔の中に孤独を隠して。
……その気持ちを、痛いほど理解できるようになってしまうなんて。



「ミネアさん」
愛しいその声で名前を呼ばれる。
ほんの僅かな言葉、特別でも何でも無いそんな言葉にまで、心が喜びと切なさで悲鳴を上げる。
「は、はい」
「お願いしたいことがあるのですが……」
周囲を気にした、小さな声。吐息交じりのその声は私だけに問いかける声。
言葉を聞き取るため、そんなことをひとり言い訳に考えながら、そっとクリフトさんとの距離を詰めた。

「あの。占いをお願いしたいのです」
「……占い……?」
「はい。あの、その……いま願ってることが、どうなるのか……」

クリフトさんは曖昧に暈かしたつもりなのかもしれない。
でも、それはあなたが抱く想いと同じ。
ばればれですよ、そんな想いは。
……そんなところも可愛らしくて、惹かれたことは事実ですけどね。

生真面目で、一直線で、弱いくせに一生懸命で。
ああもう。何でこんな人に惹かれちゃったんだろう。
もう、その心に住んでいる人がいるのに。



占い師は、自分の未来は占えない。占ってはいけない。
でもクリフトさんの未来を占ってしまえば、それは……。
本当は、占いたくなんて無かった。口実を作って断れば良かった。

だって私は、あなたの恋が叶わずに、あなたが泣くことを願ってる。
辛い辛い気持ちを抱えて泣き叫ぶあなたをそっと抱き寄せることを願ってる。
口先だけであなたを慰めながら、心の中であなたの不幸を喜んでる。
あなたの心の痛みなんて知らない。
あなたの身体を抱きしめながら、どうやってあなたを私のものにするかを画策する。

そんな私にも、あなたは優しい。
それが悔しくてたまらない。



その夜、蝋燭を灯した小さな部屋で、私たちは向かい合って座る。
ずっと長く、多くの人の気持ちを蓄えてきたタロットを、机の上に広げた。

「願ってください」
クリフトさんはタロットに想いを籠める。じっと私の手の動きを見つめる目があまりに純粋で、悔しい。

何枚かのカードを、伏せて並べた。
ぴんと空気が張りつめる。

「まずは……クリフトさんの、今……」
慣れた手つきで、一枚のカードを表に向けた。
──魔術師の、逆位置。

「……願いを叶えるために、あなたは何かをしようとしていますか」
「……」
クリフトさんは答えない。
「……でも、その一歩が踏み出せない。だから、私のところに来た。違いますか?」
少し怯えた表情。やっぱり、隠し事のできない方ですね……。
思わず、くすっと笑ってしまう。

「……クリフトさんの、ずっと奥……心の中の、本質を……」
もう一枚、カードを捲る。
──正義の、正位置。

「……あなたが正しいと信じていることは、叶わない願いへの言い訳」
「……あ……」
クリフトさんが小さな声を出す。
アリーナさんとの、身分の差。そんなことを考えているのでしょうね。
それ以上追求することは止めて、次のカードを捲る。

「未来、です」
──死の、逆位置。

「……えっ」
クリフトさんが驚いた声を出す。ああ、このカード……。
「怖い絵ですけど、悪いだけのカードではありませんよ。物事には終わりがあります。でもそれは新しいことの始まりです。答えを出せなくて誤魔化していたこと、それに決別を告げることです」
クリフトさんの不安な表情は変わらなかった。
今までも、このカードを見た人は、こんな表情になることが多かった。
終わりとは、始まり。それは悪いことだけでは無いのに。

「障害と、対策は……」
──戦車の、逆位置。

「……黙ったままでは、誰にも気づいてもらえません。どんなに不安でも、自信が無くても、声を出して
ください。待っているだけでは、ダメです」



その言葉にはっとしたのは、クリフトさんだけでは無かった。
そう、それは……私。



クリフトさんの顔を、思わずじっと見つめる。
仄かな蝋燭の明かりに映し出される愛しい姿。
誰もいない、狭く薄暗い部屋でただふたりきり。

「……クリフトさん。私……」

最後のカードに手をかけて、私は呟く。
このカードを捲れば、私の未来も見える。

「……ミネアさん」
クリフトさんが、そっと私の手の上に、掌を重ねた。
愛しい感触に、願っていた温もりに、心臓が早鐘を打つ。



「……ありがとうございました。ここまでで、結構です」

手を重ねたまま、クリフトさんが笑顔で囁いた。
そのあまりの愛しさに、思わずひとすじの涙が零れた。



「……申し訳、ありません……」
ふと目を逸らしたクリフトさんが、そっと呟いた。

ああ……気づいて、いたんだ。
私の、想いに。
きっと……。



ゆっくりとクリフトさんが部屋を去る。
今まであんなに暖かいと感じていた部屋の空気が、急に冷たく感じる。

震える手で、私は、最後のカードを捲る。
「……世界……正位置……」



「ミネアの占いってね、ほんとによく当たるのよ!」
姉さんはいつも嬉しそうに私の話をする。
そんな話に、私はいつも、そんなことないです、と答えていた。

でも、今日は笑顔で、言ってみた。



「ふふっ。姉さんに言われなくても、自分が一番判ってるの」

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