◆強さと、弱さ◆ ねえ。起きてよ……。 窓から新緑の香りが風に乗ってふわりと運ばれてくる。 その窓の近く、ベッドに横たわるクリフトの髪をあたしはそっと撫でた。 荒い息。 滲む汗。 ぎゅっと寄せられた眉間の皺。 嫌だよ。 クリフトのこんな顔、見たくないのに……。 額に手を当ててみる。 その熱さにびっくりして、思わず手を引っ込めた。 「……」 冷たい水でタオルを濡らして、クリフトの首筋をそっと拭いた。 眉間の皺が少し和らいで、ふう、と小さなため息が聞こえた。 気持ちいいのかな……。 少し拭いただけなのに熱を帯びてしまったタオルをもう一度湿らせて、額にのせた。 「ねえ、クリフト……?」 あたし、パデキアを探しに行って、怪我しちゃったんだよ。 いつもみたいに、ホイミしてよ。 あんまりクリフトがホイミばっかりしてくれるから、あたしも覚えちゃったんだよ。 いつもクリフトがあたしにしてくれるみたいに、そっと、ホイミの呪文を唱えてみる。 「……」 何も起こらない。 武術大会で優勝して、あたしは強くなったって思ってた。 でも……。 あたしはサントハイムのみんなだけじゃなくて、クリフトたったひとりすら、救うことができない。 どんなに、お城の壁を叩き壊すことができても。 どんなに、大きな岩を叩き壊すことができても。 それって、本当に、強いってことなのかな。 だって、力が強くたって、できることは……壊すことと……殺すこと。 クリフトみたいに、怪我で苦しむ人を救うことなんてできない。 ブライみたいに、闘わないで敵をやり過ごす術なんて知らない。 目の前で苦しんでるクリフトひとり、どうすることもできない。 「……起きてよ……」 いつもみたいに、おてんばが過ぎるあたしを叱ってよ。 あたし、ひとりで無茶しちゃったんだよ? 勇者さんたちが来てくれなかったら、死んじゃってたかもしれないんだよ? そんなあたしを叱らないで、どうしてそんな顔して寝てるのよ。 「……ねえ……」 もう一度、ホイミの呪文を唱えてみる。 ──何も、起こらない。 どうして、あたしは呪文ひとつ使いこなすことができないんだろう。 壊すことができるあたしより、治すことができるクリフトのほうが、ずっと、ずっと……。 強くなりたい。ずっとあたしはそう思ってた。 でも、強いって、何だろう……? 何かを犠牲にする強さなんて、いらないよ……。 何度目だったか、あたしが桶の水を換えに部屋を出たとき、勇者さんたちが戻ってきた。 手には、あたしが見つけることができなかったパデキアを持って……。 「ご心配をおかけしました」 パデキアを飲んで二日後には、クリフトは起き上がれるまでに病状が回復してた。 いつものような、優しい笑顔に戻ってた。 「……?」 でも、ふと目を離したとき、クリフトはまだ苦しそうな顔をしてた。 あたしの目線に気づくと、いつもの優しい笑顔を見せた……。 ……我慢、してるのかな……心配させないように、って……。 「クリフト……大丈夫?」 「ええ。大丈夫ですよ。姫様のホイミが効いたみたいです」 「え」 や、やだ。聞こえてたの、あれ。 「ば、馬鹿っ!」 照れくさくてあたふたするあたしの姿を見て、クリフトがくすくすと笑う。 ああ、でも、いいなあ、クリフトが笑ってくれるのって、嬉しいなあ。 あたしはクリフトの額に、自分の額をこつんとくっつけてみる。 ……もう、あんなに熱くないね。 「……もう、無茶しないでよ」 「姫様にそう言われるとは思いませんでしたよ」 傷を癒すことができて、いろんなことを知ってて、苦しいことも我慢できて……。 「……あたし、クリフトより強くなれるかな?」 「……はっ?」 あたしはそっと、クリフトから身体を離した。 「姫様……もう、無茶は……」 そこまで言って、クリフトがふと目を伏せた。 「……無茶は、させません。ご心配をおかけしました」 「……うん。ごめんね……」 クリフトがあたしにホイミの呪文を唱えてくれた。 暖かくて柔らかい光に包まれて、あたしの傷が癒されていく。 「もう、痛くないから」 「傷が残っては大変ですからね。私には、こんなことしかできませんから」 クリフトにしか、できないことがあって。 あたしにしか、できないことがあって。 きっと、それで、いいんだよね。 「ありがと、クリフト」 綺麗に癒された傷を見て、あたしはクリフトに精一杯の笑顔を向けた。 |
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