◆その、信じる道を。◆

「嫌よ嫌あー! ぜったい、いやあ!」
久しぶりにエンドールに集まった俺たちは、楽しいひとときを過ごすはずだった。
アリーナがこんなに取り乱すところ、初めて見た気がする。
サントハイムに巣食う魔物を倒しても、城の連中が戻って来なかった、あのときでも気丈に振舞ってたっていうのになあ。
マーニャとミネアがアリーナをなだめる。それでも、アリーナは嫌だ嫌だと首を振って泣き叫ぶばかり。



アリーナから手紙が来たのは、5日ほど前のこと。
お父様……サントハイム王の言いつけで、クリフトとブライも一緒にエンドールに行くから、みんなで久しぶりに集まろう! そんな可愛らしい手紙だった。
トルネコは喜んで是非うちに泊まってくれ、と言い出した。

ネネさんがアリーナにそっと声をかけて、二階へ上がる。
ずっと、息をすることすら気を使っていたライアンが、ふう、と大きなため息をついた。

こんな状況だっていうのに、ひとり無表情で微動だにしないのは、クリフト。

「ちょっとクリフト! あんたがなんとかしなくてどーすんのよ! 何ずっと黙ってんのよ!」
マーニャがクリフトを罵倒する。それでも、クリフトは無表情のままだ。

ま、そりゃそうか……。
俺はすっかり冷めてしまった紅茶に口をつけた。



そもそも、王様の用事っていうのは、アリーナの縁談。
武術大会でエンドールのお偉いさんが、アリーナにひとめ惚れしたっていうことだ。
王様はそれはそれは喜んだけど、アリーナが素直に言うことを聞くとは思えない。
だから、クリフトとブライに、この話をうまくまとめるよう命じた。

つらい話だよな、クリフトには。



「アリーナが嫌だっていうなら、アタシなんか代わりにどうかなー。結構いい男だったわよねー」
「いや、それ無理だから」
思わず俺は間髪入れず突っ込みを入れて、マーニャに殴られた。

じーさん、今ごろ、話をまとめてんのかなあ。こんなにアリーナが嫌がってるのに。

「いやあ、アリーナさんがあんなに取り乱すなんて驚きましたよ」
トルネコも少し安心したかのように、ようやく椅子に腰掛けた。ポポロがトルネコに纏わり付いてくる。
「なあミネア。占ってやったらどうだ? アリーナのお相手」
俺はミネアが手にしているタロットに目をやった。旅の途中でも、ミネアの占いにはよく助けられた。
「ご本人が望まない占いは、できませんよ」
そういうもんなのかねえ。ミネアはタロットを紫の布に大切そうにくるんだ。



マーニャとミネアがクリフトにあれこれと意見を言ってる。
トルネコとライアンはポポロの相手。
……はぁ。どうなることやら。俺は頭をボリボリ掻いた。



「クリフトさん、アリーナさんが呼んでますよ」
ネネさんが階段から下りてきた。アリーナが、クリフトを? ……まさか。
「……私、を……?」
クリフトは立ち上がろうともしない。マーニャがクリフトの頭をぺちーんと叩いて、椅子から強引に立たせた。
「あんたね、いつまでグダグダしてんの。しっかりしなさい。男でしょ」
いつにない、マーニャの真剣な表情。その迫力に思わずクリフトが唾を飲んだ。
「……わ、判りました……」
ひどくノロノロした動きで、クリフトが二階に向かう。



「ネネ。アリーナさんは大丈夫かい?」
「ええ、もう大丈夫でしょ」
ネネさんはクスクスと笑う。そういや、この中で奥さんってのは、ネネさんだけなんだよな。
「私がこの人と結婚したときの話をしてあげたのよ」
「え、ちょっ……ネネ! 何を」
トルネコが顔を真っ赤にして大慌て。へえ、トルネコでもこんな顔するんだなあー。
「この人と結婚するって言ったとき、両親に猛反対されたのよ。そのときはこの人、武器屋の日雇いでねえ。
収入も安定してなくて、夢ばっかり追って……」
そんな思い出を語るネネさんは幸せそうだ。なんだか、いいな、こういう夫婦。
「私は言ってやったのよ。私が選んだ人なの、私を信じられないっていうの? って。私はこの人の夢を叶えるために一緒になるの、この人の夢を叶えることが私の夢だ、ってね」
トルネコは落ち着き無く部屋をウロウロ。その後を、楽しそうにポポロが追いかける。

「すっごーい! ネネさん、かっこいー!」
キラキラした笑顔を見せたのは、マーニャ。好きそうな話だもんな。
……でも、俺も、そう思うよ。ネネさん、かっこいいな。
俺は……もう、手遅れ、なんだよな……。

「だから、ね。それほど嫌なら、やめちゃいなさい。あなたにはあなたの想いがあるでしょ、障害は多いかもしれないけど、自分が信じた道を行きなさい、ってね」
……自分が、信じた道か。あの旅を思い出して、小さなため息が出る。



しばらくすると、クリフトが二階から降りてきた。
マーニャが真っ先に駆け寄る。俺も椅子から立ち上がって、クリフトの顔を見た。

「……ブライ様のところへ、行ってきます」

さっきの無表情とは全く違う、強い意志を感じる表情。
ああ、アリーナの信じる道……その話を聞いたんだな。

茶化そうとして駆け寄ったマーニャが、思わずぐっと唇を噛んだ。
一瞬、目を閉じて、クリフトの肩に手を置く。

「いってらっしゃい。アリーナを、ちゃんと守ってやるのよ」
「はい」

クリフトは笑顔で、しっかりと答える。
もう、大丈夫だな。

なあ、クリフト。
失ってから大切だって気づくのは、もう、遅いんだ。
がんばれよ。アリーナに何を言われたのか知らねえけどさ。

夜の闇に消えていくクリフトの力強い後姿を、俺たちはみんなで見送った。



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