◆真実のお芝居◆

「本当にひさしぶり。元気にしてた?」
サランの街に姿を見せた旅芸人は、フレノールであたしを騙ってた一行。
あのときよりもずっと人数も増えて、人気の一座になってるみたい。
「お姫様、あのときはごめんなさい。迷惑かけちゃって」
「ううん、いいのよ。メイさんが無事でよかった」
大きな荷物を宿に運んで、ようやくひと段落。
宿の食堂で、あたしとメイさん、クリフトが思い出話に花を咲かせる。

「今度の演目はね、お姫様と伝説の勇者さまたちをモチーフにしたものなのよ」
「へえ、それは面白そうですね」
うわあ、あたしがお芝居に出てくるの? なんかちょっと恥ずかしい。
「でもね、まだいい結末が浮かばなくて……」
そう言ってメイさんは、テーブルに身を乗り出した。
「直接、お姫様に話を聞きたかったの。旅をしててどうだったか、って」

ああ、なるほどねぇ。
旅の話なら何日かかっても話し切れないくらい、たくさんあるんだから。



「早速なんだけど、旅の途中で何かロマンスは生まれなかったの?」



「……え?」
あたしとクリフトの間抜けな声が、重なる。
「だって、恋するお年頃の人が多かったんでしょ? その中でロマンスが無いなんてありえないじゃない!」
メイさんの瞳はきらきらと輝いて、まるで子どもみたい。
「ありませんよ。あんな危険な旅の最中に、そんなこと考える時間なんてありませんでしたから」
少し早口でクリフトが言った。確かに、あたしもそんなこと考えたことなかったもんなぁ。

「ほら、例えば、伝説の勇者さまとお姫様の間に芽生える禁断の愛……」
「それは絶対にありませんから!!」

クリフトの大声に、一座のみんながぎょっとして振り返った。
顔を真っ赤にして、クリフトは小さな声で、すみませんと繰り返した。
「……ごめんなさい。ふふっ」
そんなクリフトを見て、メイさんは何か閃いたような表情を見せた。
ロマンスかあ。もしかしたら、あたし以外にはあったのかもしれないなあ。
あたし、そういうのって鈍いから全然判らないもんね……。



数日後、メイさんたちから招待状が届いた。
サランの街の広場に作られた舞台で、いよいよ演目を始めるから、ぜひ見に来てね、と。
あたしは喜んで、クリフトを誘って初日の舞台に足を運んだ。

用意された席は、いちばん前。
街のみんなも集まって、陽が落ちて、篝火が焚かれたころに、演目が始まった。



うわあ。凄い。
みんな、別人みたいに真剣な表情。凄い迫力。
お芝居だって判ってるのに、ドキドキする。

あっ、あの人がソロの役なんだ。本物よりずっとかっこいいね。
メイさんはもちろんあたしの役。なんか照れくさいなあ。
あれ、クリフト? やだあ、あんなに背高くないのにね。
ブライはずっと若い! 髪の毛ふさふさしてるよ! 見せたら喜ぶだろうなあ。
マーニャとミネア。えっ、双子なのかな? そっくり!
ライアンはずいぶん小柄。でも剣の腕は本物より凄いかも!
トルネコが一番本物そっくり。思わず笑っちゃうくらい。

思わず、旅の途中の思い出が蘇る。
怖かったけど、不安だったけど、今思えばとても楽しかったあの旅……。
ふとクリフトを見ると、とても真剣な表情で舞台に夢中。



ずいぶん長いようで、短い時間はあっという間に過ぎて、舞台の上の世界にも平和が戻る。
お父様たちが戻ってきたのかどうか、ドキドキしながら帰ってきたあのときを思い出す。
そういえばあのとき、クリフトはあたしの手をしっかりと握っていてくれたっけ……。

舞台の上のサントハイムも、賑やかさを取り戻す。
あたしとクリフトが手を取り合って笑ってる。
隣から鼻をすする音。ちらりとクリフトを見ると、目が赤い。



そのとき、舞台からあたしとクリフトが降りてきた。
そして、あたしたちに手を差し伸べる。
「……え?」
訳が判らず戸惑うあたしたちの手を強引に取ったふたりは、そのまま舞台へとあたしたちを導く。

篝火が熱くて、観客席の方をちらりと向いた。
──うわあ。凄い人。これだけの人々が、あたしたちに注目してるんだ。

クリフト役の人が、クリフトに何か耳打ちする。
メイさんもあたしに、そっと耳打ちした。
「ねえ、お芝居、やってみない?」

「え!?」
クリフトの大声。クリフトもあたしと同じこと言われてるのかな……?
「そ、そんな」
再び、耳打ち。何だろう、気になるなあ。



クリフト役の人が、クリフトをぐいっとあたしの前に押し出した。
それに合わせて、メイさんがあたしをクリフトの前に押し出した。

観客席が、しんと静まり返る。

「あ、あの……」
真っ赤な顔をしたクリフトが、ゆっくりと口を開いた。
「この、闘いが、終わったら、言おうと、決めて、いました。わ、私は、姫様のことを」
それだけ言うとクリフトは、振り返ってクリフト役の人に何かを訴える。
でも、クリフト役の人はくすくすと笑うだけ。

今、言いかけた言葉は、なあに……?

背中をばんと叩かれて、クリフトはもう一度あたしの前に押し出される。

「あ、あの、わ、私は、ひ、姫様、姫様のことを……」
クリフトの目から、涙が零れる。
なんだろう、あたしの胸にも何かがこみ上げる。
お芝居。これは、お芝居。それなのに。



「──愛して、います……っ」



そう言うとクリフトは、顔を両手で隠しながら、クリフト役の人の元へ走る。
残されたあたしは、ただ呆然とその姿を見つめていた──。

「お姫様」
メイさんの言葉に、はっと我に返る。
そうだ、これは、お芝居。それなら、あたしにも台詞があるはず。

「結末は、あなたが、決めてね」

ぽんと背中を押されて、あたしは舞台の真ん中へとよろけて進む。
あたしが……? 決める……?

観客が固唾を呑んで、あたしの台詞を待っていた──。



「え、えっと」
さっきのクリフトの台詞を思い出す。クリフトは、あたしを。
……あたしを。あたしを……?
「あ、ありがとう。嬉しい」
これは、お芝居。お芝居。クリフトの言葉は、ただの台詞。それなのに。
──それなのに。心に焼き付いて離れない。その言葉が嬉しくてたまらない。
こんなに心に響く台詞を、あたしは今まで聞いたことが無かった。



「あ、あたしも。愛してる、クリフト。あ、ありがとう……」



これは──お芝居? 台詞?
それなのに、なんであたしは泣いてるんだろう……。



わあっと、大きな歓声が起こった。
あたしとクリフトは役者たちに胴上げされて、楽団が輝かしい音楽を奏でる。

「やっぱり、本当の言葉には、敵わないわね。まだまだ頑張らなきゃ」
舞台に足を下ろしたあたしの耳元で、メイさんが囁いた。
「ステキな結末を、ありがとう」



このお芝居は、ずっとずっと長い間、いろんな街で公演を重ねることになった。
真実の、お話として。

短編TOPへ<<
長編TOPへ<<