◆宝物◆ 「ああーもう嫌あー。休憩しようよー」 「ダメです。まだ先ほどの休憩からそれほど進んでいませんよ」 嫌な嫌なお勉強の時間。分厚い本をめくりながら、あたしは大きなあくび。 「……姫様」 いつもよりずっとずっと低いクリフトの声に、あたしははっとして本に目を落とす。 そこには、サントハイムの地図。 「……あれ?」 その地図の中に、小さな赤い×印。 「なんだろ、これ」 「なんでしょうね」 どうも、印刷じゃないみたい。もしかして……。 「宝の地図じゃない!?」 あたしは興奮して立ち上がる。クリフトは既にあきらめの表情。 ──判ってるじゃない。 「……行かれるんですね、姫様」 ため息が、ひとつ。さすがクリフト、もうあたしの行動はお見通しってわけなのね。 「こっちの方かなー」 古い本の地図は、今とは少し様子が違う。家が建ってたり、木は切り落とされていたり。 「……あっ」 しばらく森の中を進むと、クリフトが小さく声を立てた。 「どうしたの? 何か見つけた?」 「い、いえ」 クリフトは落ち着き無く、きょろきょろとあたりを見回している。 「ふうん」 もう一度地図に目をやって、大きな岩や木を頼りに、印の場所を探して歩き回った。 「姫様、そろそろ戻りましょう」 「何で。まだ見つけてないわよ」 「ほら、もうすぐ陽が暮れますから」 「まだ明るいじゃない」 「お風邪を召されますよ」 「寒くなんてないわよ」 「いえ、ほら天気もあまり良くありませんし」 「ちょっと雲があるだけじゃない」 その後もクリフトはいろいろと理由を探しては、戻りましょう、帰りましょうとしつこい。 あたしはそのたびに、うるさいって言って、森の奥へ進む。 しばらく進んだ先には、小さな泉。その脇には大きな木。 「ここだ!」 あたしは木の根元に向かって走り出す。そしてもう一度地図と見比べてみる。 ……うん、間違いない。 「クリフト、持ってて」 クリフトに本を手渡すと、あたしは木の根元を掘り起こした。 まだクリフトは何か言ってるみたい。何かおろおろとして、落ち着きが無い。 しばらく掘ってみると、小さな箱がひとつ、出てきた。 「……これかな?」 「あああぁああぁっ」 クリフトが本を落として、あたしから箱を奪い取ろうとした。 「何すんのよ、危ないじゃないの!」 「あ、危ないですから、何が入っているのか判りませんから、私が開けますから!」 こんな小さな箱に、そんな危険な物が入ってるわけないじゃないの。 あたしはクリフトの頭を一発ぺちんと叩いて、その隙に箱を開けた。 「……なに、これ」 入っていたのは、折り畳まれた紙切れがひとつと、おもちゃの指輪が、ふたつ……? その紙を、そっと開いてみる。 ひめさまへ おおきくなったら、ぼくのおよめさんになってください。 クリフト 「……申し訳ございません……」 クリフトは顔を真っ赤にして、俯いたまま。 「……どういう、こと……?」 小さな小さなおもちゃの指輪。赤い石と青い石はきらきらと光ったままだった。 「……実は、もっと幼いとき、です。姫様にこの手紙を渡そうとしたのですが……」 相変わらずそわそわとして、クリフトは服をいじくり回す。 「そ、そのままお渡しするのは恥ずかしくて、その、宝探しのようにすれば、きっと姫様に楽しんでいただけるかと……」 そうか。きっと、そんな想いをこめて、本の中の地図に印をつけて、この本をあたしに貸してくれたんだ。 あたしは……読まなかったんだね、この本。 「ごめんね……」 あたしは謝りながら、クリフトに赤い石の指輪を渡した。 「……いえ。私こそ……。無礼をお許しください……」 寂しそうな顔をして、クリフトは指輪を握り締めた。 「……戻りましょうか」 「……待って」 あたしは、クリフトの前に、左手の甲を上に向けて、差し出した。 「……姫様?」 「……それ。あたしに、くれたんでしょ?」 クリフトが驚いた顔をして、握り締めた指輪と、あたしの顔を交互に見る。 「あ……」 顔を真っ赤にして、クリフトはあたしの左手を取った。 震える指で指輪を持って、あたしの指にはめようとする。 ぷるぷると小刻みに震えて、なかなか入らない。 「ふふっ」 そんなクリフトの様子が可笑しくて、思わず笑いがこみ上げる。 小さな赤い石の指輪は、あたしの小指にはめられた。 「ふう……」 クリフトが大きく息を吐く。顔は真っ赤で、汗までかいて。 「ありがとう、クリフト」 あたしはクリフトの左手を取って、青い石の指輪を、同じように小指にはめた。 「……」 クリフトは何だか複雑な表情で、手にはめられた指輪を眺めていた。 「ねえ、指輪の交換の後は?」 「……え。あ、はい。……え!?」 クリフトの大きな声。ちょっとびっくりして、身体がぴくっと動いた。 「あの手紙、嘘なの?」 「そそそそそそんなことは……お、幼いときのことですから……」 「じゃあ、今は?」 「…………」 クリフトの顔は真っ赤。目に涙まで浮かんでるみたい。 ……クリフトが、あたしの肩をぐっと掴んだ。 少し、怖くなって、あたしは目を閉じる。 ふっ、と、暖かくて、やわらかい感触。 それは、ほんの一瞬、ほんの少し触れただけ。 「も、もう勘弁してください……」 目を開けると、クリフトはぽろぽろと涙を流していた。 「この手紙に、お返事、書かなきゃねー」 帰り道、あたしはクリフトの手を握りながら、からかうように言った。 「え、あ、いや、ですからそれは……」 「渡さなーい。ふふっ」 クリフトは必死に手紙を取り返そうとする。 返してあげない。あたしの宝物だから。 |
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