◆ハッピーバレンタイン◆

「ねえクリフト。チョコの作り方、教えてくれない?」

姫様がニコニコとして、私の顔を覗きこむ。
「……はっ?」
思ってもみなかった言葉に、思わず気の抜けた返事を返してしまった。
姫様と、手作りチョコという全く結びつかない内容と……誰のために、という不安と。

「もうすぐバレンタインでしょ? どうしても手作りあげたい人がいるんだ!」

……。

はあ。その幸せな方は……誰なのでしょうか?
聞けない、そんなこと。

「判りました。では、城の台所で……」
「あっダメ! お城で作ってたらみんなにバレちゃうもん。クリフトの部屋貸して!」

姫様は顔を真っ赤にして、両手をぶんぶんと振る。
姫様が愛する人に渡す物を、私の部屋で私が手伝って作るのか。
はあ……。



「直接火にはかけずに……あ、お湯の温度に気を付けてください」
姫様は必死な表情で溶けかかるチョコをかき回す。ときどき跳ねたチョコを指で掬っては、
「おいしー」
と、笑顔を見せる。

今回作るのは、トリュフチョコ。一度溶かしたチョコを少し冷やして、姫様が丸めていく。
大きなものや小さなもの、形がいびつなもの……。
思わず手が出そうになると、
「ダメッ!」
と、力強く拒否される。

はあ……。



「できたー」
「お疲れ様でした、姫様」
姫様がチョコを丸めている間に、私は紅茶を用意しておいた。
……いつもより、少し、苦くなってしまったけれど。
「ありがと、クリフト」
「……粉、ついてますよ」

姫様の顔中に、ココアの粉がついていた。
思わず、くすっと笑ってしまった。
「もう、なによー! 笑わないでよー!」
「……い、いえ……あはは」
姫様に手拭きを差し出しながら、つい笑ってしまう。

「そうだ、ねえクリフト」
「はい?」
「はいっ」
「……っ!?」

私の口に、一番大きなチョコが押し込まれた。
唇に、姫様の柔らかい指の感触があった。

その指についたココアの粉を、姫様が小さく舌を出して舐める。

「おいしい?」

……。
…………。
………………。

「お、おいしい……です」
「そう、よかった。お父様、喜んでくれるかな?」

そう言うと姫様は椅子に腰掛けて、紅茶に口をつけた。
「……お……お父様、って、王様に、ですか?」
「そうよー。去年はほら……渡せなかったでしょ」

あ……そうか。去年の今頃は、サントハイムの人々は……。

「やだあクリフト、ちょっと紅茶苦ーい」
「……姫様が、チョコを舐めすぎたんですよ」

一番大きなチョコを食べた私の口にも、紅茶はちょっと苦く感じた。


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