◆炎と海◆

旅の途中で迎えた、姫様の誕生日。

プレゼントをひとりずつ贈ろう、ということになり、私は街の雑貨屋を訪れた。
色々と見てまわり、ようやく決めたのは──海のように深い青のイヤリング。
気に入っていただけるだろうか。
不安と少しの期待を旨に、私は店を後にした。



「アリーナ、お誕生日おめでとー!」
宿では、普段の闘いを忘れるかのように、賑やかな宴が開かれた。
姫様の顔にも、喜びいっぱいの表情を見ることができた。

「年頃の娘さんになど、贈り物をしたことが無く……」
ライアンさんのプレゼントは、手袋だった。
「ひと目見たときから、これはアリーナさんにと思って……」
トルネコさんのプレゼントは、星降る腕輪だった。
「そろそろ大人の魅力も必要よね?」
マーニャさんのプレゼントは、口紅だった。
「旅の途中ではお手入れもなかなか難しいですから……」
ミネアさんのプレゼントは、化粧水だった。
「姫様にはもう少しおしとやかにしていただきたいのですが……」
ブライ様のプレゼントは、ネックレスだった。
「これ、アリーナに似合うと思ってさ」
ソロさんのプレゼントは……。

「あ」

私は、思わず小さな声を立てた。

「わあ、かわいい! ありがとう、ソロ! 大事にするね!」
……燃えるような緋色の、イヤリング……。
……しまった。色こそ違うものの……まさか、被るとは。

──私は手にしていた小さな包みを、ポケットに隠した。

「クリフト、あなたからは?」
マーニャさんが私に声をかけ、同時に皆が私に注目する。
「あ……いや、その……」
……渡しにくい。どうしようか……。私はポケットの中で包みを弄んだ。
「何照れてるのよ、早く」
そんな私のじれったい仕草を見ていられなくなったのか、マーニャさんは私の腕をポケットから引き抜いた。
ぽろり、と、小さな包みが落ちる。
その包みを、姫様が拾い上げた。
「……開けて、いい?」
にこやかに笑う姫様の表情に──私は、小さく頷くことしかできなかった。

「あ」

姫様も、私と同じような、小さな声を立てた。
「……ありがとう、クリフト……」
小さな微笑を浮かべて、姫様はすぐにそのイヤリングを包みに戻した。



──お気に召さなかったのだろうか。ソロさんのときはあんなに喜んでいたのに。
こんなことなら、皆と中身が被らないように相談しておくべきだった。
いや、照れずにソロさんより先に渡しておけば……。
夜、私はベッドの中で、ずっとそんなことを考えていた。



「おっはよー」
身支度を整えて部屋から出てきた姫様は、皆からのプレゼントを身につけていた。
その中で……姫様の耳に光るイヤリングは──緋色のイヤリングだった。
「お! 似合ってる似合ってる!」
ソロさんと姫様が楽しそうに会話を交わす。
──胸が、痛い。
たかがイヤリングひとつのことなのに。私のプレゼントは趣味に合わなかったんだ。
いや、もしかして……姫様は、ソロさんのことが好きなのかもしれない。
そうだ、私なんかよりよっぽど頼りになって……強くて……世界を救う勇者で。
……そんなことまで、考えてしまう。……情けない。

「……はぁ」
小さな、ため息。誰にも気づかれないように……。



今日は、野宿。
外でひとり、火の番をする。
出るのは、ため息ばかり。くだらない考えばかりが浮かんでは消える。
──そこに、小さな物音。私は剣に手をかけて、物音がする方向を見た。
「あたしよ、クリフト」
「……姫様?」
馬車の陰から、姫様が姿を見せた。
「どうされましたか、こんな夜更けに……」
「うん、ちょっと用があって」
姫様は私の隣に腰を下ろすと、首に下げた革紐を胸元から取り出す。
その革紐の先には、小さな袋。

「あっ」
私は思わず大きな声を出してしまい、慌てて自らの口を押さえる。
その袋に入っていたのは──私が贈った、青いイヤリング。

「これね。ひと目で気に入って……闘ってる最中に落としたりしたらイヤだなあって思ったの」
「そうだったんですか……」
──なんだ……そういうことだったのか。私の考えすぎだったのか。恥ずかしい。

「……でも、クリフトがくれた物だし、身につけておきたくて」
「えっ?」
「なんでもないっ」
何か今──とても嬉しい言葉が聞こえた気がする。

「どう?」
イヤリングをつけた姫様が、私に向かって微笑みかける。
「よく、お似合いです……」
ほっとして、嬉しくて、胸がいっぱいで、それだけ言うのが精一杯だった。
「この旅が終わったら、サントハイムにみんなが戻ってきたら……そのとき、また、つけるね」
「はい。ありがとうございます」



……姫様は今日も私からのプレゼントを身につけてくださっているのだろうか。
小さな袋に入れて、首から下げて……。
「ちょっとクリフトさあ。何アリーナの胸元ばっか見てるの、やーらしい!」
「え、マーニャさん、ち、違います、誤解です!」



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