◆これからも、よろしく。◆

「疲れました……」
お風呂から上がってきたクリフトが、ベッドに腰掛けながら、小さな声で呟いた。
人前で、特にあたしの前で、こんな言葉を吐くなんて、めずらしい。
「冷たいお茶、飲む?」
「ええ、いただきます」
侍女が部屋に用意しておいてくれた冷たい紅茶をカップに注ぐ。
ひとくち、その紅茶に口をつけたあと、クリフトへ渡した。
「ありがとうございます、姫様」
「もう、やめようよ、その話し方と呼び方は」
クリフトの隣に座り、紅茶を飲むクリフトに顔を近づけ、頬をくっつけた。
ちらりとこっちを見たクリフトは、頬を赤くしてあたしから顔を離した。
「い、いや、その……やはり、長い間のことでしたし、そもそも私はこういう話し方ですし……」



今日は、あたしとクリフトの結婚式だった。



いつもは祭壇に立っているクリフトが、今日は祭壇の前であたしを待つ。
神官長の長い長いお話を聞いて、二人で誓いを立てて。
ベールを上げるクリフトの手が、がたがたと震えていたね。
そして、あたしとクリフトの、初めてのキス。
顔を真っ赤にして、あたしより先に涙を流したね。
バカじゃないの。新婦より先に新郎が泣くなんて。

国中をあげて、盛大なお祭り。
誰もがあたしとクリフトを祝福してくれた。
一緒に旅をしたみんなもお祝いに駆けつけてくれた。
よかったな、遅すぎたくらいよ、って、クリフトの頭をばちばち叩いてたっけ。
みんな、クリフトがあたしを好きなんだって気づいてたんだって。

クリフトはあたしの夫になるけど、サントハイムの王様になるわけじゃない。
今まで通り、神官のままでいるんだって。
もちろん国交上で必要なときは、あたしと一緒に公務に携わるけど。



「……なんと、お呼びすれば、よろしいでしょうか」
クリフトが空になったカップを握り締めて、あたしに聞いた。
「アリーナ。アリーナって、呼んで」
「で、では、失礼して……」
小さな咳払いをひとつして、あたしに向き直った。
「あ、ああ、あ……。あの……あ、アリーナ……様」
「様はいらないの」
あたしは少し怖い顔をしてみる。クリフトの目をじっと見つめながら。
「そ、そのう……こういうことは、きっと、時間がかかりますので……申し訳ありません……」
クリフトはカップを元の位置に戻すためにベッドから立ち上がった。
「あーあ。あたしも、疲れちゃったなー」
そのまま、あたしはベッドに横になった。
あたしたちのために新しく用意された部屋。家具も新しい物が用意されて、真新しい木の香りが鼻をくすぐる。
ふんわりとした寝具は、太陽の香りをいっぱいたたえていた。

「そろそろ、お休みになりますか」
クリフトがランプの明かりを消した。今日は満月で、窓から明るい月の光が差し込んでいた。
「はい、どうぞ」
あたしは掛け布団を持ち上げた。少しベッドの端に寄って、クリフトが寝る場所を作る。
「え」
とたんにクリフトの顔が真っ赤になった。
「何、え、って。一緒寝るためにこんな大きいベッドなんでしょ」
「そ、それはそうですが、あの……」

「やめてよ……。クリフトにそんな風にされると、あたしの方が恥ずかしい……」

そう、あたしだって、クリフトと夫婦になったってこと、すごく照れくさい。
今日一日はずっとお祭り騒ぎで、そんなこと考える余裕は無かったけど、ドレスを脱いで、お化粧を落として、お風呂に入って……一人になったとき、とたんに恥ずかしくなって顔が真っ赤になった。
あたしたちのために用意された部屋に入ったとき、部屋の真ん中にある大きなベッドを見て、恥ずかしくて目も開けていられなかった。

だから、一生懸命、この恥ずかしさを誤魔化してきたのに。
クリフトがあからさまに照れていたら、あたしも恥ずかしくなってくる。
毛布にくるまって、クリフトに背を向けた。

「申し訳ありません……し、失礼します……」
クリフトがベッドへ入ると、体重でギシッとベッドが揺れた。

ドキドキする。
あたしは、思わず、全身に力を入れて身を硬くする。

「……クリフト?」

クリフトは、すやすやと寝息を立てていた。

「バカ……」

無防備な寝顔。幸せそうな寝顔。
よっぽど疲れてたんだね。
旅の途中では、こんな寝顔見せたこと、無かったね。



あたしは、そっとクリフトの頬に口付けする。



「……おやすみ。これからも、よろしくね……」



そのまま、クリフトに身を寄せて、あたしも目を閉じた。



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